。土地を売買するときには面積を云って厚みを云わないところに、猛之介の目がついて、今度昭和合金との間に話がはじまりかかると早速そこへ人夫を入れて、表面の土をならし一間ぐらいの深さにこそげとって、その下のかたい赭っぽい土のところで、一町歩売りわたしの契約をした。猛之介は、こりゃ双方仕合わせでした、と云った。あんたの方も重い機械を据えつけなさって、じき土台がめりこむような畑土じゃこまるだろうし。
 こそげた土は、鮮人人夫が毎日働いて、敷地のずっと西端れの沢の近くの凹地へ運んだ。売れた土地はこのようにして地下げされ、売れない方の土地はこのようにして地上げされて、やがては買い手のつくようにされたのである。地下げしても、昭和合金の敷地は改正道路と全く水平だし、昔は一帯の小高い丘陵をなしていたその辺を開鑿して通してある道路の方から登って来れば敷地の端れはそれでもなお、大人の身丈より高い位置に、地層の断面を見せてはいるのであった。
 マーブル荘という窓枠の桃色ペンキで塗られてあるアパートの新築工事を少時《しばらく》立って見ていて又ぶらり、ぶらりとかえりながら、猛之介は余り浮かない気分である。けさの新聞に、凄い土地の暴騰として、事変前の十倍に上ったという地価のことが出ていた。それに比べれば、昭和合金へ売った地面は寧ろやす過ぎたようなものだ。整理組合がなまじっかあるものだから、どうも個人として腕いっぱいの仕事がしにくい。役員の過半が、奥手へ土地をもっている連中なのが、やはり暗黙に邪魔しているとも思える。遠慮して素通りさせるがものはねえ、といった心の底にはわが身の前を素通りしているものがあるという気持からだったのに、碌三にまで勘ぐられたのは心外であった。

 西北の一角を切りくずしてしまえば、それで昭和合金へ売った土地の地下げは終るという日のことであった。裏の苗畑につかう堆肥のところにいる猛之介を、女房のセキが表の方から、父さんどこけ? とうるさく呼びながら、さがして来た。そういうとき猛之介は決して、ここだぞウと返事はしない。縞の前垂をかけて小さい丸髷に結ったセキが、ああなアんだ、そこけ、と近づいて来るのを猛之介はこちらに立って見据えていたが、セキは又どういうものかきょうはいつものように顔の見えたところから大声でがなって来ず、すっかり猛之介のそばへよるまで黙っていて、しかも四辺を憚る気配
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