から何が出たかという意味である。辰太郎は、切れもんの破片が出たよ、とか、モモの核が出たよとか手短かに答える。自分から、きょうは馬の歯が出た、と云ったこともある。猛之介がそれを訊く気持を辰太郎は知らない。この夏は殆んど毎日合金の敷地で暮しているのに、叱りつけられないわけも知らない。猛之介は、孫が我知らずそこで自分の代理の役に立っていること、何か変ったものが出たとき、自分が知らずにいるようなことは無いめぐり合わせになって来ているのに満足しているのであった。

 工場の建築の方が愈々《いよいよ》捗どって来て、この一週間ばかりのうちには最後にのこった二つの竪穴を調べ、発掘の仕事も一段落をつけなければならない時が迫った。井上は益々せっせと掘って、休むときは先の頃のように只寝ころがってはいず、仕上場の周囲にとりつけられた作業台の上に、これまで大きい木箱に入れておいた素焼の甕だの皿だの軽石だの、一つ一つこまかく何か書きこんだ紙を貼ったのを丁寧に並べる仕事にかかった。ボルトで締めた柱には幾通りもの図がかけられた。
 一方ではそういう陳列をすすめながら、最後の小型の竪穴が掘られたのであるが、丁度人気ない手洗場の水道の蛇口へ口をもって行って水をのんでいた辰太郎は、辰ちゃん! おやいないのか、と云っている井上の声をききつけた。ね、確にそうでしょう? 火事があったんだね。辰太郎は、走ってその穴のふちへ行った。井上は、ガラスの円い蓋つきの器を片手にもっていて、その穴の壁に沿ってついている焼灰の中から、こげたススキの一かたまりを、その器の中へそーっと入れている。辰太郎を見て、井上がこの竪穴ではどうも火事を出したらしいよ、と云った。こんなに灰があるし、このススキなんかは多分屋根だったのが、燃えおちた跡なんだろうね。
 火事のあった竪穴。ここで火事が出た。辰太郎は何だか気持が瞬間変になったほど、ここに群れていた大昔の生活を自分の身に近く感じた。これまでは、云わば標本のように古びて動かない遠方において感ぜられていた全体のことに、火事という活々と身近い出来ごとが、ここにもあったときくと、俄にはっきりとした生活の息吹が通って来た。どんなにみんなが騒いだだろう。叫んだり、馳けずりまわり、稲の束をかついで逃げたり、どんなにみんながびっくりしただろう。その光景を思いやると、辰太郎は何だかひどく可愛そうになった
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