んですね、と笑った。竈の前の踏みかためられた赭土のところを手で払うようにして調べて、井上は、ある、ある、ね、と中学生に示した。これが籾と藁の圧痕ですよ。この竪穴の時代にもう農作がされていたんですね。沢の方に水稲をつくっていたのかもしれない。
 尻っぱしょりになって跼みこんでそこの地点をのぞいていた猛之介の心には、一種の失望とともに侮蔑に近い感情が湧いた。なーんのことだ。大昔の百姓の穴小屋をほじくりかえしているのか。そんなら、大したものは出っこない。今だって東北のひどいところへ行けば、土間に藁をしていて寝ているという話だ。そんなところから、金めな代物なんぞ出ようもないことは知れきっている。猛之介は穴から外へ出ながら、どれもあらかた同じようなものですかな、と云った。剣だの何だのというものは、ここいらからは出ないかな。すると、井上はそういうものの出るのは、貴族の古墳ですね、と答えた。それに、西の方では鉄や銅をそろそろ使いはじめた時分に、関東はまだずっとおくれていて、やっとすこし鉄の端を刃物につかったりしているところも、歴史上なかなか面白いですね。
 しかし猛之介は、興ののらない表情で、翌日は竪穴のまわりへその姿を現わさなかった。あの様子でみれば、研究というのは本当だったのか。柱穴が幾つあるとか、溝がどうのと、物見を立てて写真をとったりする、それだけのことで格別の魂胆もなかったのか。そんなことを考え考え、煙管をかみながら猛之介が苗畑を見まわったりしているとき、昭和合金の敷地へは、別の見物人があらわれた。噂をききつたえた附近の小学生たちがかたまって、トタン塀の外から、何処から入れるんだい? あっちだよ、あっちに門があるんだよ、などという声々を響かせながら入って来た。いつも、大抵は男の子たちで、やや暫く黙って井上たちのすることを眺めていてから、ぽつり、ぽつり、それ何だろ、というような質問をはじめる。
 井上は、小学生の見物があらわれると親しい調子で、皆、勝手に掘ったりしちゃいけないよ、と先ず警告を与えてから、いろいろ説明してやった。こんな皿は、こわれ易いんだからね。まだ上薬がかかってないだろ。大昔の皿はみんなこんなのさ。工業はまだすすんでいなかった証拠だよ。
 一旦見てしまうと堪能すると見えて、同じ子供がくりかえして来るということは稀である。なかに一人、鞄をどこかへおいてから又
前へ 次へ
全12ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング