町一丁目の馬と冗談を云う位。それが本性を発揮し私の夢の裡でまで彼那勢いで駈け出したのかと思ったら、ひとりでににやにやした。烏のことは見当がつかない。空気銃を持っている子供を、慶応のグラウンドの横できのう見た故だろうか。
穏かな、静かな日だ。
戸外が静かな通り、家の中も森としている。朝食をしまうと、すぐエーは机に向った。
私も四五通の手紙を書き、フランシス・エドワーズの目録を見る。素晴らしそうなのが沢山あり、特にバートンのアラビアンナイトの原版、小画風の插画のあるキング・アーサー物語の新版がひどく興味をそそった。日夏耿之介氏がアラビアンナイトを訳されると云う広告を見たこともおもい出し、黒衣聖母のうしろを見たら、バートンとある。日本近代詩の浪曼運動その他。床しい心持がした。
午後、机の上の、さむさでいじけ、咲かないまま涸れた薔薇をぼんやり見ていると、玄関で誰か「今日は」と呼ぶ声がした。丁度使に出ていたので、立ちかけたが、どうも声が変な調子で、物乞いらしく感じられる。立ったまま躊躇していると、エーが、彼の部屋から、
「お入んなさい」
と云った。おや? と思うと「姉さん、いる?」とケイの声がし一緒に来た従弟達がどっとふきだした。
「うまくかけられた。あやしいぞ、と思って小さくなっていたのよ」
皆あがらず、本を持って行った。
夕食近く、エーの末弟が来る。彼のスウェーターはまだ出来上らない。
[#地付き]〔一九二四年一月〕
底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
初出:「読売新聞」
1924(大正13)年1月24、25日号
※「*」は欠字。
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月15日作成
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