は供出の管理に任せなければならないでいるとおりに、学生の問題を学校当局として処理して行く能力を欠いてしまっている。これまでの学校というものが学生を真に生かす組織でなかったということがまざまざと現われて来ている。
各地で隠匿物資の摘発が行われている。これには生活擁護問題の若い人々やその他種々の農民組合、労働組合の若い人々が大きい動力となって働いている。青年の本来の心にある正義心は、自分達の愚弄された青春をわが手にとり戻そうとしてこれ等の動きに現われて来ている。青年団のこれまでの役目は若い者を賢くするよりも愚かにさせる旗持ちをした。今は役所の下請けをした青年団ももとのままではいられなくなって来た。青年の気持をほんとうに反映して向上して行こうとする心の貯水池によりかかろうとしている。青年団のどこでもがこの頃はさかんに演芸会をやっている。失われた笑いと大声で遠慮なく喋ることと、人前に立って遠慮なく振舞う自由さを若者らしい陽気な演芸会が振りまき始めている。自分をどういう形にして、正直に表現して行くという大切な人間らしい習慣は、特に日本では重大に考えられなければならない。中学生は、工場に働く人々は、渾名をつけることの名人である。兵隊も渾名をつけることはうまい。どんなしかつめらしい髭を生やしていても彼等から渾名をつけられることは避けられない。渾名は大衆的な批判である。青年が渾名をつけることの名人であるという一つの事実の中に、隠されている大きな真理がある。その事実の中に、自からの批判力によってこそ青年は未来をつくる、歴史をつくるといわれる必然があるからである。
五十になった時、一冊の本さえ読まないじじいでも、十六の時、十八の時、せめて一冊の講談本は読んでいるだろう。少し真面目な若者は、人生の拡がりを自分のものとしたいと思って、読書をねがう気持は痛切である。自分の仕事に必要な技術をたかめようとして専門書を求める気持も痛切である。然し、紙は青年の向上心のために配給されていない、本屋の儲けのために配給されている。基本的な食糧、賃金、住居の問題から文化の面まで日本ではすっかりやりかえられて人民の幸福のために運営されるようにしなければならない。
こうしてみると、青年の生活にとって特別な関係ある問題は、左をみれば婦人の今日の社会における種々の問題とキッチリ結ばれているし、右をみれば所謂おやじさん達の生活の根本問題と全くつながった線にあることが理解されるだろう。民主戦線という言葉がいたるところに言われている。学生が学生だけで、工場に働く人が工場に働く人だけで固まって、そこだけで解決出来ないほど今日の日本の問題は大きく広い。そして根本的である。村と都会とはお互いの困難を分け持っているし、その自然の解決は双方の協力なしには決して実現しない。青年の賃金の低さは婦人の賃金が騰《あが》る時でなければ決して騰らないし、民法の上で女が独立の権利を持たないうちは、一家の中で長男だけが持っている特権と負担とは解決しない。人民の利害はこのようにして、人口の九割九分までを包括している。そしてほんの一握りの権力と金力とを持った支配者に向って立っている。この社会の土台がどこにあるか。三角というものは尖った小さい先で立っているか、それとも一番線の長い広いところを土台として立っているか。三角を尖った先で立てることは人間が二つの手の上でさか立ちすることよりも困難である。社会の三角の力強い底辺である人民が、どうして自分達の幸福のために努力しないでいられよう。その底辺の一番重心である青年がどんな理由があって歴史の創り手であるという光栄を捨てるべきだろう。
選挙が迫って来ている。若い人々の一票はその人々が真実どんな生活を欲しているかということを物語るものだと思う。何故なら今や日本の社会は、少くとも私達の要求をまっすぐに反映しなければならないというところまでは民主化の方向をとって来ているのであるから。自分が何を欲しているか、それをはっきり知ることこそ大切であると思う。老獪な支配者達が私達の心に残っている旧い考え方を足場としてまた再び彼等の横暴を返り咲かせないように、私達は生きることこそ欲しておれ、彼等のために侮辱的な毎日をひきずって行くことは御免であるという事実を知らせなければならないと思う。[#地付き]〔一九四六年五月〕
底本:「宮本百合子全集 第十六巻」新日本出版社
1980(昭和55)年6月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十二巻」河出書房
1952(昭和27)年1月発行
初出:「青年文化」
1946(昭和21)年5月号
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月14日作成
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