かかわりを、女のひとは、娘から妻となり母となってゆくという生理の過程を中軸にして辿ってきていたと思える。愛の展開も従って本能的に行われて、女の母性的な愛の本質は非常に豊かに潤沢なものである筈なのに、女の歴史のくりひろげられる場面がそれぞれの家庭という墻《かき》の内に限られていたとおり、愛の作用まで無意識の狭さを与えられた。女は愛情ふかいものとされながら、その愛は主観的で、身のまわりだけに没頭の形をとって来たのであった。
現代は、世界史が一つの画期をつくり出しつつある時代で、その中での日本も未曾有の複雑な転回を示している。時々刻々に社会全般の生活が動いて行っていて、その動きの中では種々様々の声と行動とが主張されている。しかし、一つの声なり行動なりがそれ自身完結完成しているということはあり得無いのだから、今日から明日へつづく現代の歴史的な推移の間で、私たちは自分たちとしての生のモラルを掴まなければならず、現代に生れあわせた最高の可能を知らなければならないのだと思う。外見の上では、昨日までの幾千万の女性たちが経て来たとおり、妻となり母となる形で自分の生を拡大してゆくにしろ、今日の若い女性は既に自身のその過程に対して無意識ではあり得なくなっていることは確であろう。女だから子を生む。そういう単純な生理に従うだけでなく、次の世代としての子供らの母となるという社会的な自覚と責任の中によろこびを感じようとされて来ている。その自然な力づよい生のよろこびの確保のためにも、自身の愛の成就のためにも、私たちは自分たちの時代が、いかにきのうにつながり、いかに明日にくりひろげられてゆくかということについて無知であり得ないと思う。歴史が現代のように強烈な動きを起している時代にあっては、生のよろこび、愛の成就そのものも単一平坦な道を通ることがむずかしくて、ある場合には殆ど耐えがたいような悲傷、痛心を耐え終せて、自分たちの愛を完うせざるを得ないような場合も殖えて来ているのである。
勇気とか堅忍とかいうことがしばしば云われるが、勇気や堅忍を可能にする力は何によって湧くのだろう。生活の意味に対する明るい知と愛とを抜いて、人は真に勇気に満ちることも堅忍であることも不可能である。勇気とか堅忍とかいうものは、結果ではなくて一つの行動の内面的な弾機《ばね》である。私たちが日々の生活で、歴史からつくられた者であると同時に歴史をつくりつつあるものであるという現実の価値をはっきりわがものとして感じとったとき、小さい一つの行動も深く大きいその自覚に支えられているとき、私たちは本当の勇気と堅忍との沈着で透明な喜悦を心に感じるのだと思う。
生の喜悦は、現代ではますます精励な人間の精神と肉体とにしか感じられないものとなりつつあるのである。私たちはただ一度しかない自分たちの生をどんなにいとおしんでいるだろう。どんなにいい価値でそれを発揮させたいと切望しているだろう。今日と明日とのよりゆたかな生活の確信のために、私たちが人類の文化の歴史について、日本の過去の業績について何程かの知識を増すことは、決して無駄ではないだろうと思う。
先ず、私たちの生棲する地球の上に、人類というものの生活はどんな風に発足して、発達して来たものだろうか。民族の分布、社会の発生、習俗の伝承、あらゆる科学・芸術はどんなにして生まれて来たのだろうか。それ等の問いに答えるのは世界文化史である。
私たちは西洋史も東洋史も国史も習って来たわけであった。けれども、今より進歩した欲求で人類の文化の跡を見直したいと思う時それらの知識は散漫なものだと感じられる。わかりやすく、やさしい本ということでコフマンの「世界人類史物語」(岩波文庫・上下二巻)を軽蔑する必要はないと思う。特にこの物語は著者コフマンの活溌な精神をよく映している。例えば人類が最初の火を自分たちの生活のなかにとらえて来たときのことについても、縫針というものを発明したきっかけなどについても、極めて活々とした人間の実験の精神・偉大な創意の導きとしての日常のささやかな思いつき、精神のこまやかな敏活さなどが、大切に評価されて描かれている。この物語のなかでは、そのように人類の創意性のよろこびが評価されていると同時に、伝説というものがはからず示している過去の不条理というものにも明るい問いかけを投げている。パンドラという人類のはじめての女性が、人間生活のあらゆる憂苦をもたらしたというギリシア神話の物語も、コフマンは何故ギリシア時代の社会生活が最初の女性にそういういやな役割を演じさせたかという、当時の女の地位にもふれて疑問としている。
この本よりも成人の読者のためにかかれたのが、ウエルズの「世界文化史大系」(北川三郎訳・上下二巻)である。ウエルズは第一次世界大戦が終って全世界
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