との項で原始時代から今日と明日の文化までを考えている。ただ明日の日本の新しい文化を、ますます民族的であるだろうと予想しつつ、その特性を農村的であるだろうと断定している著者の見解は、今日の日本のものの考えかたの或る形ではあるけれども、必ずしも永い未来にわたって文化の進行の現実の諸条件を全面的にとらえた結論であるとはいえない。このことは、おそらく著者も承認されていることであろうと思う。
同じ歴史全書の日本原始文化史(樋口清之著)があり、日本近代史(小西四郎著)があり、明治の新社会の生成過程を語っている。この小さい日本近代史を中心として、私たちは巻末にあげられている参考文献表の中から、「明治維新」(羽仁五郎著・岩波書店・日本歴史所収)や「新日本史」(竹越与三郎著)などを選び出して読むことが出来るし、日本評論社が出版した「明治文化全集」(二十四巻)も折々の有益な資料として記憶しておくことは便利であろう。
「日本経済史概要」(土屋喬雄・上下二冊岩波全書)は、日本文化が経済条件の向上推移につれて変化して来たその土台について語っている興味ふかく学ぶところの多い本であると思う。この本に沿って、三笠書房の歴史全書中の「洋学論」(高橋※[#「石+眞」、第4水準2−82−49]一著)が読まれたなら、著者が一つの情熱をもって、祖先たちが世界の真理の到達点を、わが封建の日本へ新しい力として齎そうとした努力の価値を語っていることを知ることが出来る。東洋経済新報社出版の「現代日本文明史」第十四巻「技術史」(三枝博音著)も、過去の文献を有効に活かしていて、やがて続刊されるであろう同全集中第五巻「法律史」(宮沢俊義、中川善之助著)第八巻「産業史」(土屋喬雄著)第十三巻「科学史」(石原純、菅井準一著)などとともに、勤勉な読者のために役立つだろうと思われる。
思想史としては、岩波書店版の「世界思潮講座」が、各種の読書手引にも紹介されている本である。日本をこめた世界思潮を知る上に役立つ本にちがいないけれども、すこし読みにくい編輯方法である。一冊の中に一つの題目がまとめられていないで、全十二巻のうち、たとえば文芸復興については一巻、三巻、五巻、八巻、九巻と、縦にその一部分ずつが編輯されているというような工合である。しかし、そのような読む上での不便はあっても、やはりこの講座は歴史上の各思潮の歴史と影響とを偏らずに解説して、文化史上の卓越した人々の伝記をも集めているという点で、今日の若い人々のためには特に有益なものだと思う。
「文学史」として、やはり岩波講座の「世界文学」と「日本文学」及び、日本評論社の「日本古典読本」(十巻)および同じ発行所の「日本文学入門」改造文庫「欧洲文学発達史」等をあげたい。「日本文学入門」は明治以来昭和十五年までの日本文学が観察されていて、文献がこまかくあげられているとともに、国文学というものがいかなる方法で研究されるべきかという点について新しい考察もふくめられている。
大体、文化史というものは、何となし私たちに親密に感じられてとりつきやすいと同時に、その文化についての述作の中には様々の夾雑的要素がまぎれ込んで来やすい危険がある。文化の観念は、ウエルズの所謂《いわゆる》青春的現代の紛糾にあって必ずしもいつも明徹であるとは云えず、昨今は、文化の研究は学問的に、つまり客観的真実に立ってされるべきものであるという第一条件において動揺している例が必ずしも無くはないと思う。原始文化の土器について語るとき冷静である著述家も、今日と明日の文化について語るときは主観的な時代的な亢奮を示している例もあるし、ある場合には、著作者自身には知られているだけの客観的知識を、そのあるがままの現実で示されていない場合もある。文化について文化的[#「文化的」に傍点]に書かれている本の非学問性という点を、特に今日私たちは心しなければならぬのでないだろうか。
こう語って長谷川如是閑氏の「日本的性格」(岩波新書)にふれると、さながら、そういう危険にさらされている著述の代表のように思われて著作にすまないようだけれど、この本はおそらく興味をひくその書名からも随分広汎に読まれている本だろうと思う。従って、この本のよさと読者としての不満とをはっきり語られても失礼ではないだろう。この本は、第七章から後の方が、初めの部分より現実的に客観的に書かれているというところが甚だおもしろい。
さきにあげたいくつかの日本史に関する本を読んだ人、または本庄栄治郎著「日本社会史」(改造文庫)一冊を理解している読者は、「日本的性格」の中に語られている文化伝統の解釈について、いくつかの疑問を抱かずにいられまいと思う。例えば日本の貴族は、西洋の歴史にあらわれるような侵入的な外国的存在ではないから、その貴族文
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