整然と卓子の上に置かれている。――奇妙なことと思い、少し不安を感じた。起きた順に、朝食はすまして勉強することに定めてあるのだから。見ると、日の照る縁側に、まだ起きぬけのままの姿で、友達が立っている。ただのんきに佇んでいるのではない。丁度自分のところまで閉めた硝子戸によりそい、凝っと動かず注意をあつめて庭の方を視ているのだ。私は生きもの同士が感じ合う直覚で、ひとりでに抜き足になった。そして後から廻って近よった。
「どうしたの、なあに?」
「文鳥が逃げちゃった。そこにいるのに」
成程! 籠の中は一羽だ。つい鉢前の、菊の芽生えの青々とした低いかげにもう一羽が出ている。外にいる方の文鳥は、見違えるほど綺麗に感じられた。瑞々しい、青い、四月の菊の葉に照って、薄桃色の、質のよい貝殼のような嘴、黒|天鵞絨《ビロード》のキャップをのせた小さい頭、こまやかな鼠灰色の羽なみが、実に優美だ。鳥は、チチ、チチ、と短く囀りながら、二とび三とび地面を進んで見る。思いがけず翔び出した広い空気をまだ信じられず、子供らしく愛らしく、愕きに満ちているようだ。その感情のあらわれた、不決断な風が一層美しさを添えた。ついその上の軒に吊った、しゃれたサラセン風円屋根つきの籠の中では、のこされた一羽が、外の一羽から目をはなさず、切ない調子でせきこみ、鳴きかけている。チチ、チチュン。外のは内の仲間の鳴声に心牽かれる。さっと水際立った翔び立ちはとても出来ない。チチ。……一寸近よりそうにする。然し、鳥の本性は籠の中より野天の甘美なことを熟知しているに違いない。縁側の手前よりこっちには、決して、決して来ない。チチ、チュ。……思いかえしたように、また元の菊の葉かげ、一輪咲き出した白沈丁花の枝にとまって、首を傾け、黒い瞳で青空を瞰《み》る。次第に強い憧れや歓喜が迫って来るらしい。自然の輝きある朝の緑、幹の色、土の色の裡で、文鳥は本当に活きている小鳥のように見えた。
「つかまえられて?」
私は、外景に於て見る文鳥の美しさにまけ、捕まらなくてもよいと感じる。つかまっては淋しいようにさえ思う。
「――妙なものね、鳥はやっぱり樹や草と一緒に見る方がずっと立派ね、まるで色が引立つじゃあないの、ずっと綺麗ね」
この一対は二月、私の誕生日に、友達である彼女が雨の降る中、買って来てくれたものだ。そう思えばこのまま放してしまうのは、ま
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