室中に何とも云えず重い懶い雰囲気がこめている。
その同じ娘が 人中では顔も小ぢんまり 気どる。スースーとモダン風な大股の歩きつきで。
それに対する反感。
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     十一月初旬の或日

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やや Fatal な日のこと。
梅月でしる[#「しる」に傍点]粉をたべ。
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 午後久しぶりでひる風呂、誰もいず。髪をあらう、そのなめらかな手ざわりのなごやかさ。
 日当ぼっこ、髪かわかしカン※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ス椅子
 柿モギの声 昔の家のことを思う

 夜。暗い屋敷町
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 歩いている男 ホームスパン的な合外套の襟を立てて靴の音、
 横丁から出て来た犬と少女。すぐつづいて男と女。
 ずっと歩いていて、煙草のすいガラをパッとすてた、火の粉が暗い舗道の上に瞬間あかるくころがる。
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 夕暮。もう家のなかはすっかりくらい。留守で人の居ない庭へ面してあけ放たれている さっぱりした日本間。衣桁の形や椅子の脚が、逆光線で薄やみの中に黒く見える。つめたいさむさ。土の冷えが来るような 庭のしめり。
○西日のよくあたる梢の上かわだけ紅葉しているもみじ。
○すっかり黄色い七分どおり落ちた梧桐、
○銀杏の葉のふきだまりが土蔵の横に出来ている。
○便所にいる。
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 ギャーギャーとまるで お上でものをいうのとはちがった声色で ふざけ笑っている女のこえ。
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     午後

 サイレンはついききおとしたが 方々の寺で鐘がなり、それに合わせるように 裏通りで 豆腐屋のラッパがしきりに鳴る、そういうあたりの活気をひろ子は 物珍しく感じた。
 頭をあげて そとを見た。
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 曇った日
 となりで
   アアちゃん
 という声、シャラシャラおまつりのたすきに鳴るような鈴の音がしている。
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     或女の人相

 そのひとはどこが変っているというのではないが 目玉が丸く黒くなったようで 瞼の間にある艷やかさが ぬけてしまっている。寂しく不安なような表情、紅がついている小さい口がよく動き たっぷりした頬に白粉があるだけ却って。



底本:「宮本百合子全集 第十八巻」新日本出版社
   1981(昭和56)年5月30日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第2版第1刷発行
初出:同上
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2004年2月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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