如何なる条件に存在するかというその諸条件を書かなければならないという文学思想に立って農民文学にも対したのであったが、それらの諸条件を描くという場合注目されることは、人間と存在条件との間の統一が求められていず、人間環境としての存在条件が実証の精神によって科学的に観察も分析もされていないという点である。とりもなおさず農民は農民自身の生活現実に於て扱われていず、作者たちが人間に対して抱いている観念を農民の存在条件の中に見出そうとする傾向に立ったのであった。それ故「沃土」のような成功した例外のほかの多くの和田の作品は、その農民心理が我執とか所有欲などを本能にまで還元された上で、その葛藤を特定の条件によって設定して、その筋の上に発展させられている。なお、考えさせられることは、作者の人間に対して抱いている観念そのものが、作者の地主としての農村に於ける生活のニュアンスから蒙っている影響や、人間の生きようというものに対して時局が要求している調子に或る反響を示している点である。さもなければ、どうして農民文学の暗さ明るさというようなことが、過去の農民文学の所謂暗さを否定する方向で当時あのように作品の側から
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