して現れた。一つの息を呑んだような暗い緊張が漲ったのである。
石川達三の小説が軍事的な意味から忌諱《きき》に触れたのもこの年の始めであった。文学のこととしてみれば、その作品は、当時の文学精神を強く支配し始めていた所謂意欲的な創作意図の一典型としてみられる性質の作品であった。「蒼氓」をもって現れたこの作者は、その小説でまだ何人も試みなかった「生きている兵隊」を描き出そうとしたのであろうが、作品の現実は、それとは逆に如何にも文壇的野望とでもいうようなものの横溢したものとなっていた。作者はその一二年来文学及び一般の文化人の間で論議されながら時代的の混迷に陥って思想的成長の出口を見失っていた知性の問題、科学性の問題、人間性の問題などを作品の意図的主題としてはっきりした計画のもとに携帯して現地へ赴いた。そこでの現実の見聞をもって作品の細部を埋め、そのことであるリアリティーを創り出しつつ、こちらから携帯して行った諸問題を背負わせるにふさわしい人物を兵の中に捉え、全く観念の側から人間を動かして、結論的にはそれらの観念上の諸問題が人間の動物的な生存力の深みに吸い込まれてしまうという過程を語っているの
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