っている。
 正月になってから街へ出た不図した折に、私はある店で小さい鈴を見つけた。財布につける極くありふれた鈴で、赤い緒のちょいとついた一個八十五銭ほどの鈴である。何心なく手にとってその鈴の束の鳴る音を聴いていたら、同じような小鈴ながら中にはいくらか澄んだいい音色のものもあって、可愛い心が誘われた。
 馬だって初荷のときは鈴をつけられる。私の弟のやさしい従順な家内が、あんなに朝から晩まであれこれ心をくばって暮しているのに、腰紐に小さい鈴が一つくっついていて、朝身じまいをするときだの、夜着物をきかえる時だの、何処かでチリリと鳴ったとしたら、やっぱりそれはわるい心地もしないだろう。
 同じ店にあった紅の小袋にその鈴をいれて、お年玉とした。これは、今年のお祝いよ、歩めよ小馬、のお祝いよ。そう云ってわたした。
 いろんな女のひとの生活をみていると、この頃では二十五六歳という年が、複雑な内容でその人たちの行く手に現われるのがよくわかる。何か一つ遣りたいこと、しとげたい目的をもっている女性にとって、二十五・六という年は結婚とも絡んで愈々そのことに本腰にならせるか、或は余技的なものにするかという境のようなところがある。そんなことでも、二十五は男の厄という古い現実はいつか消しとばされているのである。
[#地付き]〔一九四一年三月〕



底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
   1981(昭和56)年3月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十五巻」河出書房
   1953(昭和28)年1月発行
初出:「モダン日本」
   1941(昭和16)年3月号
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月15日作成
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