して負わせ過ぎないだけの親切な同情が必要であろう。

        豆双葉の死

 豆双葉金一君が、はるばる九州から上京した三日目に、旅疲れから哀れ果敢《はか》なく六つの命を終ったことは世人をおどろかし又様々の感想を抱かせた。
 父親の波多江さんが、愛子を解剖に付したことはこの際極めて有意義であったと思う。金一君の死が世人に与えた教訓は、その解剖の結果親の心得べき科学の知識で裏づけられた。
 どちらかと云えば例外なこの事件だけれども、世の父母たちは多くのことを学んだのであった。

        交通事故の際

 北千住の電車衝突では主に女子供が負傷した。この事故は今日私たちの住む世相人心の或る面を露骨に示した点で特別な意味がある。日本人が誇りとして世界に知られているのは子供を大切にすること、弱い者を助ける芳しい人情ではなかったか。
 興亜の精神は我がちの我身専一を男に教えることではなかった筈である。
 この頃の交通機関の恐ろしい混雑は、乗り降りの秩序を市民に教えるより先に、腕力、脚力、なにおッの気合を助成した。大いに猛省がいる。女は、自分の息子や良人や兄弟たちに、一台のりおくれても、正しい列で秩序を保つようにすすめなければならない。
 女の静かな勇気が、よりよい日本をつくってゆくためにこういう面でも切実に必要とされて来ている。

        米飯ぬきデー

 節米、米飯ぬきデーがはじめられる。主婦たちの機智と愛とは一層台所での活躍を求められる。
 人間はあらゆる生きものの中で一番何でも食べる能力をもっている。決して悲観に及ばない。けれども、科学的な知識は益々大切である。難関をのりこす精神力も、肉体が土台である。

        女靴一足二十円

 二十円と価のきまった女靴は、靴屋に云わせれば冬物なんかお穿けになるようなものは出来ますまい、という話である。
 悪妻は、良人から渡された金がすくないと、それで出来る賄いはこれですよ、とひどいものを並べて辟易させるというさもしい手を心得ている。
 贅沢品とりしまりの標準は月収三百円とかいわれているが、これに該当する生活者は日本の全人口の僅何割かに過ぎない。標準の低下を叫ばれるのは当然である。そして、一方に、悪妻的さもしい手を用いる隙を与えないように、原料その他の価が考慮されて欲しい。

        教員の生活保証

 事変以来、小学教員の不足と、その不足を至急に補うことから生じる質の低下とは心ある者を考えさせていたが、偶《たまたま》小学校教員の万引横領事件が発覚したということである。
 これは勿論最も不幸な例外であろうが、どんなに優良な教師たちも、不良な者を犯罪に導いたと同じ今日の経済的な困難にはさらされている。この事実はなかなか複雑であり、重大でもあると思う。
 入学試験の新考査法についてこの春様々の論調があったとき、衆口おのずから一致したのは、小学教員のおかれている経済的誘惑の点であった。
 謹直な教師たちに屈辱感を与えたにちがいないその問題は、しかし、愈《いよいよ》物的条件の切迫した来春どんな形で再燃するだろうか。それ迄に、適切な策が立てられることを切望する。新しい文部大臣もそのことは考えられるのだろう。[#地付き]〔一九四〇年六月―七月〕



底本:「宮本百合子全集 第十四巻」新日本出版社
   1979(昭和54)年7月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
初出:「東京朝日新聞」
   1940(昭和15)年6月20、29日号、7月6、13、20日号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年5月26日作成
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