われる。さもなければ、どうして彼女の顔の上にあのように無限に迫りながら、その意志のあきらかでない微笑が漂いつづけたろう。彼女が、はっきり自分の女としての感情の実体をつかんだとき、あのような微笑は、苦痛の表情に飛躍するか、さもなければ大歓喜の輝やきに輝やき出すかしずにいないものである。
こうしてみると、ここでもまたルネッサンスの感情の姿が考えられる。モナ・リザは、自分の眼をそこからひきはなすことの出来ない快い情感をああやって見つめ、見つめて、我知らず語りつくせない心のかげを映す微笑を浮べてはいるが、ルネッサンス時代の彼女は、そのあこがれに向って行動しなかった。凝視し、ほほ笑み、そのはげしい内面の流れによって永久に一つの肖像を、未完成とレオナルドに感じさせたにとどまった。レオナルドがこの画を未完成としたこころも推察される。未完成の肖像は、その依頼者であるモナ・リザの良人の館《やかた》に送られずにすむ。そして、モナ・リザは、果して、レオナルドが、それを未完成として、いつも自分の傍にとどめておくことに不満を感じただろうか。モナ・リザは、父兄の命令によってその選ばれた人との結婚をし、やがて良人
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