い新しい作家がおくり出されて来ているだろうか。自分は新しい日本とともに生れ出た新しい作家であると、そのように生々として、新しい作品をもたらす人はいたって少い。ここに今日深刻な問題がある。
今日の二十四五歳から三十代の人々は、男女ともに戦争のなかった時代の日本の青年たちとは、くらべものにならないほど多くの人生の経験をもっている。自分の生命を、一たん否定して闘っても来ている。餓死する人間も見たであろうし、その人たち自身、栄養失調で這って帰って来たかも知れない。何故そこから新しい文学が生れないのだろうか。歴史的な野蛮行為のなかにまきこまれて、苦悩し、ひそかに泣き、人間らしさを恋うた心が一つもなかった、とどうして云えよう。それだのに、何故それを書いた小説は出ないのだろう。これほど愛を破壊された婦人がいるのに、何故その声がほとばしって来ないのだろう。これこそ、きょうの私どもの実に大きな問題であると思う。
文学が書かれるには、現象の記憶があるばかりでなく、自分がそれをどう見るか、どう考えるか、そこから何を受けとったかという一つの経験に対する複雑な人間的摂取を経なければならない。そこから小説は生れる。もしただ肉体で経験しただけで文学が出来るなら、あんなに苦しい思いをして三度も子供を産んだ婦人はだれでもそれについて立派な小説が書けるはずだとも云えよう。ところが肉体的な経験からだけではどんな小説も出来ない。平和的な人民の一人として、あの戦は本来どういうものであったか。日本の大衆の誰もが戦争の可否について議論し、一票を投じ、決心して参加した戦であったなら、その歴史的意義と個人の運命への影響を反省もし、そこから人間らしい何かをくみとることも可能な経験だったろう。ところがそうではなかった。頭から脳髄をとり、心臓をつぶしてしまって、ただ一つの忍耐という形の中に男も女も干しかためられてしまった。その石にされた心臓、そして脳髄をすりつぶされたような頭に鉄兜をつけて、毒瓦斯マスクをつけ、そしてみんなが運命を賭し、生命を賭した。日本の婦人は、世界の婦人がそれを信じかねるような程度まで自分の愛情さえ主張することが出来なかった。この状態に対してわたしたちはどう抵抗出来ただろうか。権力で戦争に引張り出されるか、さもなければ戦争はいけないという人間として牢屋に引張られた。このなかに云いつくせない惨酷を自
前へ
次へ
全23ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング