。例えば雑誌の編輯でも校正の最後の日は徹夜さえするでしょう。男の人と全く同じような働き方だと思います。それが、女であるだけ疲れかたが違ったところにあり、働いている間|身装《みな》りにしろ男の人の方が働き易い自由さを持っていると思う。和服の帯付きで働いている女の人だってまだ数は多いでしょう。そして疲れて帰ってその上台所をぴかぴかに出来ぬし、夜の九時からお料理でもなく、矢張り男の人の様なお腹の充たし方をして寝なければならない。女の人の場合には、そのことが男と違う感じで自分に感じられましょう。何か、自分が粗くなって行くような、湿いを失って行くような、そう云う怖さを自分で感じるでしょう。その自覚がまた逆に女の人に作用して生活に自信を失わせ、自信を失ったことから、貧弱になり乾いて来るような、そう云う関係ではないでしょうか。
そして矢張り女は家庭にいるべきだと云うような結論に戻るのではないでしょうか。それも親がかりの場合に一番すらりと感じられる結論で、それなら職業を女のひとが主婦として家庭の仕事と自分の職業と夫婦生活の幸福という点から考えた場合、そう簡単に今迄あったとおりの形で家庭がいいと肯定もしきれますまい。一人の女の生活の形態とはこれだけ見ても実に複雑に生きてる社会の諸条件と関係し合っています。だから今日の世の中で、何か一つのことをやって行くには、どちらからも差障りの起らないそれでいて自分の一番願うことが実現されていくという様なことは実際には先ず無いでしょう。ですから、自分の生活の中で、一番守りたい点、一番成長させたい点、一番得て行きたい点、或はまた一番与えて行きたい点というものを、自分ではっきり見極わめ、そのことの為めには、まあどうでもよいことは、第一のものに次ぐものとして目安に置いて、中心を押して生活を基いて行くしか無いのではないでしょうか。そのことには、本当に女の勇気や、智慧や、ある場合には男の人を納得させて行く優しい雄々しさというものが必要でしょう。
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今日一般的に、相手が貧乏のときは恋愛の時は別として結婚しない、という意見が強いのです。これはつまり、金持なら愛なき結婚もいとわぬと云うことになるのですが、如何考えますか。
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矢張り全く恋愛抜きで昔のように嫁にやられることを望んでない気持は誰れでも一応は持つとこまで来ているのでしょうね。昔ね、菊池寛が「真珠夫人」という小説を書いて金の為めに人身犠牲《ひとみごくう》のような結婚をさせられた人の悲劇を書いてたことがあります。親の借金のかたに金持ちに嫁にやられるということで考えれば、恐らく十人のうち九人までそれを女として耐え難いことだと思うでしょうが、自分から結婚問題として考えて行ったとき恋愛はないけれども、生活には安定しているのだからという点で、リアリスティックに判断した積りで、それを拒《こ》ばまない気持というのは現代の半分自覚して半分自覚せず、その自覚しない半面では強く現実の中の打算に負けている女の心の動きかたを語っていると思います。
何時ぞや映画の若い女優さんの座談会があって、そこでは吉屋信子さんが司会していらしたのですが、若し好きな人が出来て、その人が貧乏だったらどうするでしょうと云う話が出ました。すると一人の活溌に話している女優さんが、「あたしは始から、そんな人好きにならないわ」と至極明快に断言しているのです。すると吉屋女史が、「ほんとうにお金の無い人との結婚はするものじゃありませんよ」というような意味のことを云っておられました。その応待を読むと思わず噴き出しますけれど、後で直ぐ何か厭やな気持がするのです。若い女の人が経済的な事情を抜きにして、恋愛を至上的なものに考えたり、そのように行動することそれ自身は悪いことでもなんでもないけれど、現実の今日の社会の中で、そう云う空想的な人間の結び付きは結局経済的なもので打毀《うちこわ》されたりするから、愛情のしっかりした成長のためには、その愛情が条件として持っている経済的条件をよく知って、建設的な方法を打ちたてて行かなくてはならないと云う意味でこそ、経済的な実際性が、女にも男にも求められるのです。金というものも現在では人間を支配するものとなっているから、金持ちの家庭ということは金を持っていることが善い悪いと云うのでなく、金を守らなくてはならない所からその家《うち》の人々の物の考え方も判断の仕方も行動の仕方も特徴がついてくる。それは避け難い現実ですからね。そう云う人間の生き方と、自分が求めている生き方とが、ぴったりするか、しないものかと云うところから選択の標準が出てくる訳です。
女と男とがお互いに交渉を持ってましなものにして行こうとするものとして、経済問題が出て来る。女の人の負うべき
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