たちの生活に問題があることを肯定してリアルに語る言葉にふれてみたいという願望からであると思われる。
女性の書く本と、それを読む心理にこういう今日の生活の現実に立つ動機があるものだから、ごく最近では男のひとで、婦人の職業や結婚の問題を扱った本を出すひともあらわれて来た。
医術では、女のお医者より男のお医者の方がたよりになる気がする場合もあるというのが今日の私たちの正直な実感だけれど、女性の生活に即したことを語る本で、女の著書より肩書きのある男の著書の方が立派そうに思えるという時代は過ぎているであろう。今日の女性はもっと自分たちの生活の現実から本を読むし、漫然とした感想風な著作にあき足りないひとは、そこに専門的な精密さをもとめて、例えば谷野せつ氏の最近の女子労務者の生活調査を扱ったパンフレットなどをも深い関心で見ていると思う。
それがどういう事情からにせよ現在のように女性が出版の可能を割合もっているとき、女性はあらゆる種目と範囲に亙ってたくさんの本を出して行くべきだろう。質を縦にもふかめて、専門的な、時間の経過に耐える労作を、もっともっと生み出して行っていいと思う。
女性の勤労がひろまり高まるにつれて、文化の面でも女性の動きが現れるのは自然だけれども、その勤労が女性の歴史の成長にとってただの消耗であってはならないように、女性の書く本が目の先の過ぎゆく文化的泡沫であったりしては悲しいと思う。
もしこれ迄がインフレ出版であったというならば、それとして、その現実のなかで一番新鮮で肥沃で誠意もこもった成長の可能をもつ部分の一つが女性の著作の分野であっていいだろう。特別な本つくりめいた一部の文筆家をのぞいて、日本の女性一般はまだ本を書くことにすれていない。下らない本にも、その人としての最大の努力が傾けられている。そこに、最低の水準が次第に育ちのびようとする無視出来ない力がひそめられているのだと思われる。[#地付き]〔一九四一年九月〕
底本:「宮本百合子全集 第十四巻」新日本出版社
1979(昭和54)年7月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第九巻」河出書房
1952(昭和27)年8月発行
初出:「東京堂月報」
1941(昭和16)年9月号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年5月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全2ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング