たちを一日数時間ずつ動員するという新しい方法がとられた。
 男の労働者に比べて婦人労働者の賃金はどのくらいの割合いになっているものだろう。内閣統計局の統計によると、昭和十五年五月の平均に、金属工業で男三一二円手当賞与一五六円であるけれど、女は一二三円七〇銭手当賞与四一円一〇銭という違いで、実収入額では男の半分、手当賞与では三分の一ということになっている。このように女の働く者の手当賞与が少額であるということにも、二三年来急に増した若い働く女性たちが技術上未熟練なものの多いことを語っている。しかも実収入で半額まで女がこぎつけていることに、日々の努力が決してそれらの女性たちにとってかるいものではないこともまざまざ語られているのである。
 若い婦人を働かせるために何の特別な設備もない重工業の部面に、どんどん未来の母たちが吸収されて行っている重大な意味については、世人もまったく無関心ではないと思う。政府も、婦人にふさわしい仕事と衛生設備について一言ふれているのではあるけれども、それぞれの工場や勤め先での実際ははたしてどこまでそれが反映されているであろう。
 日本の働く婦人はあらゆる職能を通じて、今日きわめて深刻な板ばさみに置かれているのが現実であると思う。活動に堪える力は最大まで社会のためにと、外の仕事に動員されるのだけれど、外の仕事ではつねに、いざとなると女はどうせ家庭に入る者だから、それが一番自然で貴重な女性の任務なのであるから、とたとえば肝心の労務委員会あたりも、女性の職場での福祉については積極に行動されない。
 女性の働くあらゆる場面を通じて、どうせ若い女の働くのは二三年という観念がじつにつよい先入観となっている。どうせ二三年なのだから、と粗悪な条件のまま交代させているのだけれど、先頃婦人工場監督官谷野せつ氏が公表された統計では、働く女性たちは三年目ぐらいからぐっと体をこわしているのである。
 事変になってから乳児の死亡率の高くなったことや若い母の流産死産のふえたことも、やはり人々の注意をひいたことであった。
 婦人は社会的に働いても永続性がないからと、女性の能力の低さの一つとしていわれるけれども、この事の一面には、働かせる側からのどうせ二三年という先入観が原因とも結果ともなって複雑に作用しているのである。
 現在日本全国の工場では二百二十余万人の女が活動しているのに対して、婦人の工場監督官としてはおそらく谷野せつ氏一人であるという日本の姿は、婦人の勤労生活のどういう事情を語っているだろうか。
 大規模に災害防止研究所が創立されるそうだけれども、そこには特に女子の労働生活からこうむる影響の研究のために、どんな専門部が置かれるだろう。私たち女性は、組織の形はどのようでもいいから、本当に社会に役立っている女性の肉体と精神の健全のために具体的な助力を与える実力をもった組織がほしいと思う心は切である。[#地付き]〔一九四一年二月〕



底本:「宮本百合子全集 第十四巻」新日本出版社
   1979(昭和54)年7月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第九巻」河出書房
   1952(昭和27)年8月発行
初出:「オール女性」
   1941(昭和16)年2月号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年5月26日作成
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