は、人民である。やっと生きて帰って来た世間が冷たいのも、もとはといえば、不幸な人々を引っぱり出した同じその強権によって、愚弄されて来たことを今日の憤りとしている世間の感情があるからである。
 人民同士が互に不幸への憤りを見当違いにぶっつけ合って苦んでいる間は、漁夫の利で「御軫念《ごしんねん》」というような表現の陰にかくれ得る。昨今の事情においては被害者も加害者も、本質においては同じく被害者であることを知って、根本の責任追究のために一致行動し不幸から脱出しなければならない。

        米

 一月十日現在として全国の供出米が割当のやっと二割八分しか集まらなかったことが報じられている。先頃、中国地方の田舎を旅行したときも、話題は供出米が中心となった。自主的に米を供出している村の人たちで営団にその米を渡さず、何とか直接消費者にわたす方法はないかと頭を砕いているところもあった。これらの人々は自分たちの労力と親切との結果が中途で妙なことになるのを見抜いていやがっているのである。
 農林大臣は無策の極、米の専売を考えているという発表をしている。あの記事を尤もと思ってよんだ人民は恐らく一人も
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