は、人民である。やっと生きて帰って来た世間が冷たいのも、もとはといえば、不幸な人々を引っぱり出した同じその強権によって、愚弄されて来たことを今日の憤りとしている世間の感情があるからである。
人民同士が互に不幸への憤りを見当違いにぶっつけ合って苦んでいる間は、漁夫の利で「御軫念《ごしんねん》」というような表現の陰にかくれ得る。昨今の事情においては被害者も加害者も、本質においては同じく被害者であることを知って、根本の責任追究のために一致行動し不幸から脱出しなければならない。
米
一月十日現在として全国の供出米が割当のやっと二割八分しか集まらなかったことが報じられている。先頃、中国地方の田舎を旅行したときも、話題は供出米が中心となった。自主的に米を供出している村の人たちで営団にその米を渡さず、何とか直接消費者にわたす方法はないかと頭を砕いているところもあった。これらの人々は自分たちの労力と親切との結果が中途で妙なことになるのを見抜いていやがっているのである。
農林大臣は無策の極、米の専売を考えているという発表をしている。あの記事を尤もと思ってよんだ人民は恐らく一人もないであろう。「専売」はタバコのことだけでも、政府にとってどんなに御都合まかせの収入の道であるかという点で試験ずみである。ましてや日本の支配者は思想の上まで専売を強いた。少くとも現在の政府での専売制は絶対に信頼が出来ないというのが人情である。この判断がどんなに正当かという裏書は現に農林省の官吏たちが職員大会を開いて食糧の人民管理を叫んでいる。これらのその道の人達は自分たちの職域を通じて農林省、農会、営団を貫くからくりに通暁しているからこそ、公正な人民管理を主張しているのである。
解毒剤
あらゆる面で、生活の正常な機能を破壊された七千万の日本人民が、今日当面している困難と辛苦とは、実に大きい。
複雑な重病にかかったとき私たちはどういう医者を求めるだろう。決して、おさすり[#「おさすり」に傍点]町医は求めない。真に科学的にその病原を追究して、科学の方法によって治療することを知っている医者を求める、癒りたい、という欲求をはっきり押し出して、医者をさがす。それこそ人間の当然のやりかたである。人民の社会生活が戦争犯罪的権力によって破壊された今日、それを癒す道は犯罪的な権力を根本的に人民の生活機構から追放して、健全な精神と能力の人民が自分ら人民のために社会を運営してゆく方法しかない。これは動かせない事実である。それにもかかわらず、自分の頸をあのようにも絞めた力に対して、まだ自身弁解の労をとる風があるのは不思議である。人民は、被虐病者《マゾヒスト》ではない筈である。
真面目な若い一人の特攻隊長が、自身の責任と人民の不幸とに刺戟されて、社会的解毒剤たる共産党に入党したという記事があった。若き率直さをほむべきかな。「選挙対策」に腐心して、一歩一歩人民の真の必要から離れつつある政党の首領たちは、その一歩ごとに「生ける屍」となりつつある。
[#地付き]〔一九四六年一月〕
底本:「宮本百合子全集 第十五巻」新日本出版社
1980(昭和55)年5月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十二巻」河出書房
1952(昭和27)年1月発行
初出:「毎日新聞」
1946(昭和21)年1月17、18、20〜23日号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年6月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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