なかった。今年はその鰯がとれるはじから末広に姿をかえて行った。夥しい末広鰯が、それは加工されたものだから生のまま、とれたままのものより割のよい価で、よそへ飛ぶように売り出されて行った。三陸の鰯は静岡の茶園へ行って、そこでもう一遍ほぐしてただの鰯に戻されて、それから茶の根に肥料として使われたという。
 この間知り人のところで病人が出来た。病人さんは子供ではないのだけれど、この頃のことだから甘えてキャラメルがほしいという注文を出した。
 キャラメルが欲しいと、大きい子供まである姉さんにたのまれた妹は、これももう子持ちになっていて、キャラメル一つを、大きい注文うけた気でさがして歩いた。
 と、ある店先にキャラメルが一箱あった。のしいか、かみ昆布、人造バタの妙なのなどと組合わされた一円なにがしの箱の真中に、桃色ベルトのキャラメルが一箇はさまっている。それ一つ欲しいばっかりに、病人の注文であるからこそ、妹は涙をふるってまるでいらないものの入ったその箱ぐるみ一個のキャラメルを買って来た。
[#地付き]〔一九四一年六月〕



底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
   1981(昭和56
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