る心力さえあれば
精神の深奥の殿堂に詣れる霊魂さえあれば。
然し、考えなければならないのは
若し、左様に精神が強ければ
きっと、独自な宗教や
哲学――等しく人間、宇宙を極めようとする
意欲、探求の現れが生じるのではないかと思う。
近頃、私は、封建時代、明治三四十年代の日本人と
今二十四五歳の日本人との間に
実に明かな差が生じたのを感じ、
此を、深い考えとして、心に持つ。
考 (二)[#(二)は縦中横]
創作をするにも
種々な動機が(内的に)あると思う。
或人はイブセンの如く
燃え立つ自己の正義感と理想とに
写る人間の愚悪に忍びず
詰問から、書く人がある。
或者は、ゲーテの如く(恐らく)
思索の横溢から
或は又、外界と調和し得ぬ
孤独な魂の 唯一の表現として
人類は、多くの芸術を献げられて来た。
さて、
私は何で、一つの小説を書くのだろう、
勿論、共通な、人間の、真に触れたい希望からだ。
然し、憤ってではなく、憂えてではなく
すべてのものを愛して――i・e、
子供のように
種々なものを、よろこび、好奇を持ち
手にふれ、ほぐし、あらためて
又組たてたくて、書くのではないか。
一つ一つ
新らしい現象《ケース》を究める毎に
私は生命の知識が
それ丈拡がった歓びを 感じずには居られないのだ。
*
六月十六日
落付いて、小説を書くようになったら
又私の処から
詩らしい言葉の調子が逃げ去った。
詩は波、揺らぐ日かげ
理性は潜んで、静かにとける情操から
陽炎のように思いが きで燃え立つのだ。
けれども、小説は、全く一面の努力
頭を整え、思いをただし、
運命の神のように
我を失わず、描く人間の運命を支配しなければならないのだ。
麗わしい晩春の日とともに
軽々と高く飛翔した私の心は
今 水のように地下に滲み入り
生えようとする作品の根を潤おす。
*
わが芸術のことを思い
その孤独さを思うと
私は 朗らかな天を仰がずには居られなる[#「なる」に「ママ」の注記]。
神よ、貴方が私に期待して被居るものは何ですか
何が、貴方の命令を満す資として、
私には与えられてありますでしょう?
当なく、茫漠として「夢は枯野を馳けめぐる」
けれど、一点 わが信仰は失せず
身を献げた犠牲台《にえだい》のように
朝に夕 只管《ひたすら》清浄な煙を断やす
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