、静に懸っているのである。有のままをいえば、遠く過ぎ去った小学校時代を屡々追想して、その愛らしい思い出に耽るには、今の自分は、一方からいえば余り大人になり過ぎ、一方からいえば、又、余りに若過ぎる時代にある。丁度、女学校の二三年頃、理由もなく幼年時代をいつくしむような感傷は、もう私からは離れた。それかといって、多くの女性が、自分の娘の幼い通学姿を眺めて、我知らず追懐に胸をそそられるだろうような場合は、未だ自分にとっては未知の世界に属する。若しかすると、折々記憶の裡に浮み上るその頃の自分が、我ながら無条件に可愛ゆいとは云いかねるような心の容を持っているために、一層気持がこじれるから、兎に角、平常、自分の小学校時代、誠之、というものは、密接な割に意識の底に沈められて来たのである。
 ところが、校友会の仕事に就て聞き、種々な連想が湧起ると、私の心持には微妙な変化が行われた。何か書き度いという気になったのさえ、そこには何か、捨て難い絆、縁のある証拠ではないだろうか。
 書きながら、私は霧かとでも思うような何ものかが、仄かに胸を流れ去るのを感じる。彼方が、はっきり心像の中に甦った。黒い木の大門が立
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