又降りて、盆にのっけて室まで届けなければならなかった。
 五ヵ年計画による社会主義建設に入るとともに、モスクワの人民栄養労働組合員達は、労力の合理化を実行した。一般のホテルでは室へ飲食物を運ぶことを全廃した。一九三〇年の給仕男はもう廊下で汗の匂いをかがれる存在ではない。食堂の周囲にだけ出没する。そして、八十近くある室と食堂、台所との間は別な者が歩くようになったのである)。――
 朝八時と十時の間。夜は九時から十一時前後、ホテルの黒猫は廊下のエナメル痰壺のわきに香箱をつくって種々雑多な色の靴とヤカンの行進を眺めていた。各々の足音が違うように大小恰好の違うヤカンを下げたホテルの住人が汽車から駅の湯沸所へ通うようにホテルの廊下を往来するのだ。日本女は空色エナメルの丸いヤカンをもっている。
 廊下を曲ったところにいつも扉《ドア》をあけっ放した一室がある。そこはホテルに働くものの為の休息室、食堂、職業組合のメストコム、党|細胞《ヤチェイカ》で、一隅には赤布で飾った小図書部「|赤い隅《クラースヌイ・ウーゴル》」がある。文盲者率の最も高い人民栄養労働者が彼らの文化革命と社会主義建設を達成すべき細胞で
前へ 次へ
全36ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング