益に利用出来るためである。
モスクワ河が凍って、その上を絶間なく人や馬橇が通っていた。氷の穴から釣糸を垂れている者がある。黒い外套の裾からいろんな色の木綿更紗のスカートを出した女達が五六人かたまって厚い氷をわり、洗濯ものを籠から出してはゆすいでいた。何かの染色がとけて氷の中の水は緑っぽく見えた。
岸に上って見渡すと氷の上にある人間の姿はどれも黒く小さく、遠くにちらほらスケートしているものの顔だけぽっつり薔薇色である。発電所の煙突からは黒い太い煙が真直上った。
日本女は凍ったモスクワ河の景色を眺めてから、元へ戻り、或る一つの建物の入口を開けた。
床がしき石張で、古代ロシア風のふくれた円柱や重い迫持《せりもち》が正面階段のまわりにある。
事務室と書いてある戸をあけた。本。本。女。女。そして本! 中央児童図書館なのだ。児童文学は、ソヴェトの問題となってから久しい。そして、それはまだ解決されず、雑誌『ピオニェール』の編輯局が中心となり、作家と小さい読者との懇談会を開いたりした。
――ここでは、子供たちに本を読ますと同時に、いろいろ研究的な仕事をやっているんです。
監督の、おだやかな三十四五の婦人党員が説明した。
――御承知の通り我々のソヴェト文化はまだ極めて若いんですし、我々の参考とすべき経験というものが、先にない。すべて新しい。これは大変よいことだが、困難もあるんです。ここの第一の仕事は、ソヴェトの子供にどういう本を読ませるべきかという研究です。幼稚園・小学校で、どんなお話をきかせ、本をよませ、四十箇所もある子供の図書館はどんな本を買うべきかここが中心になって研究し、決定するんです。
彼女は日本女を本棚の方へ案内しながら云った。
――今ここにいる女の人たちは大抵小学校の先生たちですよ。地方からも出て来て研究して行きます。
特別な本棚が一つ傍にあった。赤、黄、緑、紫、黒の紙片をはりつけた子供の為の本が棚わきに並べてある。それは毎週一度ずつ開かれる詮衡委員会が新刊児童文学につけた成績表である。
――赤いのが一番いい部です。紫、黒のになると他の図書館へは買いません。緑のは、私共自身にはっきりわからないのです。果して子供が面白がるか、理解するか、若しかすると私共はよくないと思っても、子供自身が何か発見するかもしれませんからね、一応与えて見るんです。
――
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