て半身を現した。
「五十銭だよ」
 生欠伸《なまあくび》をする声が内部でした。
「あああ」
 そのような女役者が夜になると山中鹿之助を演じた。
「いらっしゃーい! お二人さんお二階」
 チョンチョンと下足札を鳴らすが、小屋は満員で、騒然としていて、顔役は、まがい猟虎《らっこ》の襟付外套で股火をし、南京豆の殼が処嫌わず散らかっているだけだ。山塞の頭になった役者が粗末な舞台で、
「ええ、きりきりあゆめえ!」
と声を搾って大見得を切った。
「そこだッ!」
 むきだしな花道の端れでは、出を待っている山賊の乾児《こぶん》が酔った爺にくどくど纏いつかれている。眼隈を黒々ととり、鳥肌立って身震いしながら「いやだよ、うるさい」とすねていた女は、チョン、木が入ると急に、
「御注進! 御注進!」
と男の声を出し、薄い足の裏を蹴かえして舞台へ駈けて行った。
 九時過、提燈の明りで椎の葉と吊橋を照し宿に帰ると、昼間人のいなかった傍部屋で琵琶の音がする。つるつるな板の間でそれを聴いていた女中がひとりでに声を小さく、
「おかいんなさいまし」
と、消した提燈を受取った。
[#地付き]〔一九二七年一月〕



底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
   1981(昭和56)年3月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十五巻」河出書房
   1953(昭和28)年1月発行
初出:「愛国婦人」
   1927(昭和2)年1月号
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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