ゃがんで日本女の膝の上へ持ってたハギトリ帖と鉛筆をのせた。
――では、どうぞ名と職業を書いて下さい。
彼女は、日本女が耳で演説をききながら下手な字で「日本《ヤポーニヤ》。作家《ピサーチェリニッツア》、ユリ・チュウジォ」と書くのを熱心に見ていたが、手帖をもって立ち上りぎわ、低い声に力をこめて、
――ありがとう!
と云った。
あなたが今夜来られたのは満足です。
捲き上げるような拍手とインターナショナル第一節の奏楽が起った。演説が終ったのだ。演説者の小柄な婦人党員は水さしから一杯水をのみ、鎌と槌を様式化した演壇から議長のいるテーブルへかえって行った。
くつろぎが広間じゅうにひろがった。
日本女はリノリューム敷の通路を隔て左側の坐席にいる四十ばかりの太い拇指をした男にきいた。
――彼女の演説、長うござんしたか?
――我々ソヴェトの人間は短く話すのが得手でないんでね。
そう云って笑った。それから真面目につけ加えた。
――五ヵ年計画そのものが小さい仕事じゃないからね!
それは本当だ。うしろでこんな囁き声がする。
――どうしたの! お前さんたら。
――帽子見に行ったもんだから……
三月八日、СССРの工場で婦人労働者は毎年一時間早く職場を引き上げる。
ベルを鳴らしながら議長が立ち上った。細い年齢のあらわれてる透る声で報告した。
――何々区コムソモール委員会代表タワーリシチ・イリンスカヤ。
さかんな拍手に迎えられて演壇へ出てきたのは二十二三の緑色ジャケツと純白なカラーのコムソモールカだ。が、然しこれは又なんと高速度演説! ちらりちらり上眼で聴衆を見ながら一分間息もつかぬ女声の速射砲。農婦と工場労働婦人の結合のため、我々コムソモールは全力をつくすであろう! ひょいと片肱あげて一段高い演壇から降り、舞台の奥へ戻ってしまった。湧きおこるインターナショナル。
こまかく折畳んだ紙片が肩越しに順ぐり送られてきた。最前列の女が席を立ってそれを舞台の上、演壇の下に出されてる投書受箱へ入れてきた。
――タワーリシチ! 今夜盛大な第十回世界無産婦人デーの夕を持つことは実に愉快であります。何々区ソヴェトの心からの歓びを諸君に伝える為私は代表としてここに送られたのであります。(さかんな拍手)
マイクロフォンへ真正面に顔を向け一言一言はっきりしゃべってるのは、小肥り
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