ヴェトには少くとも一時に五千人から一万人入れる劇場が必要だ。我々はアメリカの抜目ない興行主のやり口をソヴェト式に転用しなければならないのだ。」
 最近、五ヵ年計画の文化事業の一つとして劇場組織の大変革が声明された。СССРの全劇場を人民文化委員会の芸術部、職業組合《プロフソユーズ》、集団農場《コルホーズ》、中央部《ツェントル》の完全な共同管理の下におくこと。劇場中心を、生産労働区域に移動さすこと。
 これは、ソヴェトにおけるプロレタリア芸術の発展に向っての目覚ましい一飛躍である。

 コムソモールカのタマーラが思案にあまったようにして椅子にかけ、コムソモーレツのミーチャに訊いている。
 ――ねえミーチャ、コムソモールカは子供を生んじゃいけないんだろうか?
 ミーチャは菜ッ葉ズボンに年中縞の運動シャツを着てる若い工場労働者だ。突撃隊員《ウダールニク》だ。
 ――なアんだい! まるでルナチャルスキーがきいた通りの質問だね。コムソモールカは間違いなく子供を産んでいいんだよ! しっかりした次の交代者《スメーナ》をこしらえるに、コムソモールは子供を産まなくちゃならないんだ。
 ――私はそう思ってる。けれどフェージャの考えは違うのよ。
 ――ふーむ。どう?
 ――フェージャは今朝私に云った。赤坊だの、おしめだの、家庭だのって時代おくれの俗人趣味だ。俺はいやだ、って……
 ミーチャは手に持ってた針金の束でポンポン自分の脛をたたいた。(彼は彼等が棲んでるこの借室へラジオを引こうとしてるところである。)
 ――じゃ何かい、フェージャは……馬鹿らしい! お前達んところにはこうやってちゃんと独立した室があって、職業があって、しかも工場にあんないいヤースリ(托児所)があるのに――。安心しといで。俺が云ってやるから……フェージャは間違ってる! だがね、
 単純な困惑を現わしてミーチャは頭を掻いた。
 ――畜生、俺がフェージャぐらい言葉の数知ってたらな!
 フェージャは、書類入鞄をそこへ放ぽり出してカーチャを追っかけている。
 ――ねカーチャ、一寸僕の云うこときいてくれよ! 僕は全く君なしで生きるなんて、そんなこと考えられないんだ。
 ――お前、私の前にはタマーラに、タマーラの前にはリョーリャに同じことを云ったじゃないの。
 バンドつきカーキ色のコムソモールカの制服をつけて、カーチャは冷静だ。
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