う。
全日本婦人大会というものが神近市子氏、深尾須磨子氏、平林たい子氏によって提案され、クラブ員が個人として招待されたとき、婦人民主クラブが、そういう種類の会の成立に反対したことは、右のような客観的理由をもっていたのである。
日本の真の民主化のために、保守反動の旧勢力を代表する婦人代議士までをこめた一握りの婦人を鼓舞するために、三十もの労働組合の婦人部を動員するなどという方法は、日本の民主化の歴史の逆転である。救国民主連盟の提案は、大衆運動部の組織によって、労働組合の本来の性質を歪める危険をもっていた。この案が労働組合の不賛成で停頓したことは当然であった。ブルジョア婦人運動の時代は、日本の新民主主義の段階の到来とともに去って、再びかえらないのである。
婦人民主クラブはこれからも様々の場合にめぐり合うことだろう。全クラブ員が、日本の今日の歴史が立っているところと、クラブの民主主義に対する純潔な立場とを心から会得していれば、益々日本のため、婦人のためにたのもしい一つのつつましい存在となってゆけるであろうと思う。
[#地付き]〔一九四六年八月〕
底本:「宮本百合子全集 第十五巻」新日本出版社
1980(昭和55)年5月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
初出:「婦人民主新聞」第一号
1946(昭和21)年8月22日号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年6月4日作成
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