な眼付をして、肌理のすべっこい、小鼻をつまんでつけたような三輪の顔を見た。彼女は顎をしゃくって、不機嫌に、
「そこに、ある」
 フランス語で短くなげつけるように云った。
「そうよ、ここにあるにはあったって――一体ここの先生たち、みんなあっちで勉強して来たくせして、舎監学ばっかしやって来たみたいね。本当に愉快なカレッジライフなんて、きっとしたことがないのね。みんな先生になるひとばっかりでもないんだから、もうすこし感じよくしたっていいのに――学校だって、謂わばお客なんだもの、私達が……」
 宏子は、この言葉で、殆どその日になってはじめて大笑いをした。
「本当よ! 私、若い時代に味えることは何だって味わいたいと思う。地方から来る学生が、みんなただ学問だけを求めて来るんだなんて思ったら随分単純だ」
「あなた、グループに入っているの、その気持から?」
 三輪はそういう質問を出した宏子の顔を暫く黙って見守っていたが、やがて艶のいい桜色の顔を窓の方へ向けて、
「大丈夫よ」
と云った。
「あなたがたを裏切るようなことはしなくてよ」
 間をおいて、
「私は、あなたやはる子さんと違うの。エゴイストなの。だから自分の誇りのためにだけでもそういうことはしないわ、良心のためじゃないの」
 自由時間のとき、三輪はテーブルの上から新しく買って来たらしいレコードをとりあげ、
「ちょっと踊って来ない?」
と宏子を誘った。
「登誉子さんでも誘いなさいよ」
 小一時間ばかり経つと三輪が、はる子と連立って来た。
「あなた、特別ここへかけさせてあげるわ」
 三輪は、枕のところへフランス人形を飾ってある寝台の上に、片脚体の下へ折りこんだ形で坐っている自分のわきのところをたたいた。
「ありがと」
 そのまま宏子のところへよって来て、はる子が、
「ちょっと、ハードル、ね」
と云った。
「――じゃ、都合わるかったらブラインドを下げて置く。いい?」
「三十分ばかりよ」
 はる子は、骨組みのしっかりした肩を動かして窓をあけると、框《かまち》へ手と足とを一どきにかけるような恰好をし、もう身軽く外の闇へ消え込んでしまった。宏子は、変な空虚の感じられる開っ放しの夜の窓の前に佇み、闇に向ってきき耳を立てた。はる子が目ざして行った西寮のあたりから、井戸のモータアの音がして、四辺はまとまりのない低いざわめきに満ちている。三輪が寝台
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