の一つの典型と云われたのは、主人公である青年ペーターの性格と人間的な精神とが、生活の流れのなかにただ漂っているのではなくて、ある探求をもって成長し前進し発展を辿ろうとしているためであろう。
「車輪の下」は「青春彷徨」につづいて一九〇八年ごろ、日本で云えば明治四十二年小山内薫が初めて「自由劇場」を創立して、日本の文学は自然主義の頂点に立っていた時分に書かれた作品である。
 ハンス・ギーベンラートという感受性のきわめてつよい、内気な、天賦の才能のかくされた少年が大人たちの俗っぽい野心や名誉心の犠牲となって、ついに自然なその子にふさわしい成長を挫かれ、あわれな最後をとげる一つの物語である。作者は、ハンスと同じ息づまる条件のなかに暮している官費神学校生徒にハイルナーを見出し、ハンスよりは強烈な闘争的なハイルナーは、脱走という周囲をこわす方法で自身を救い出し、そういうことをしないおとなしい、境遇に対して敏感ではあるが受身なハンスが、粗野な俗っぽい世界で己を滅ぼされてゆく過程を、暖く精密な心で描き出しているのである。
 その下に愛すべき青春を轢挫《ひきくじ》く世俗の車輪は、ヘッセのみるところでは、
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