代、源氏、枕草子その他の王朝文学から「和泉式部日記」「更級日記」「十六夜日記」の母としての女性、徳川時代の「女大学」の中の女の戒律がその反面に近松門左衛門の作品に幾多の女の悶えの姿を持っていることは、意味深い反省を私たちに与える。夏目漱石の文学のほとんどすべてが「こころ」「それから」「明暗」結婚や家庭生活における男女の生活態度の相異相剋と、母とその母の子ならざる子との情愛の陰翳、また誤ってされた結婚の悲劇をめぐっているのは日本の社会の何を語っているであろうか。

        「大地」

 ポール・ムニとルイズ・レイナアとが主演している映画の「大地」は中国を背景として製作されたアメリカ映画中の傑作であった。映画の圧倒的好評につれて、第一書房は出版当時はそれぞれ分冊として発売していたパアル・バック夫人の「大地」「母」「息子たち」「分裂せる家」と作者が自分の父母の生涯を描いた二冊の作品とを代表選集として売り出している。
 既刊の五冊を読んだ感想として、パール・バックが中国の生活を描いたこれらの作品は、とくに今日の日本の読者にはぜひ熟読されるべき性質のものであるという感が深い。パアル・バックはアメリカ人である。中国の奥地へ入って、そこで生涯を終ったアメリカ宣教師「闘える使徒」として彼女に描かれている父の娘として、ずっと中国で成長し、アメリカの大学に教育され、中国農業問題研究者として権威をもっていた人の妻であった。
 バックは中国の民衆生活の日常の現実に身をもってふれている。王龍とその妻阿蘭とが赤貧な農民としてあらあらしい自然と闘い、かつ社会の推移につれて偶然と努力との結果、次第に地方地主となりさらに押しすすむ時代の波にうたれて一族のある者は封建的な軍閥将軍に、ある者は近代中国資本主義の立役者になり、その孫のある者は急進的な道に進む王家の三代の歴史が、中国の複雑な社会の相貌を反映するものとして、強く描き出されているのである。
 バックがアメリカ人であって、しかも中国の民衆が外国人の力に自分たちの生活をかきまわされることを欲してもいないし、必要ともしていない事情を、はっきり描き出しているところは注目に価する。中国に対する諸外国人の抱いている優先の偏見に向って、中国民衆のハートをひらいて見せ、そこにある声の響きをつたえようとしているのである。
「大地」からはじまる王家三代の物語の最後は、アメリカで教育を受けつつ民族的矜持を失うことのなかった中国の青年劉が、中国にかえって自国の現実に幻滅を感じつつ、ついにその中から立ち上って、中国の民衆のうちに潜んでいる力への信頼をもって生きはじめるところで終っている。
 バックが最近書いた感想によると、今日の優秀な中国青年男女が、再び自分らの故国を見出している諸事情について、やはりまだ劉青年を描いた理解にとどまっていることを感じる。
 中国独特の伝統と生活力とが民衆のうちに蔵されているとばかりわかっても、現実の中でそれらの伝統と生活力とが、今日のどのような彼らの要求と結びついて、しかもどういう方向に動いているかということを世界の動きの中で具体的に捕えなければ、中国の情熱は芸術化しきれないのである。
 今日までの作品において、バックは周到な観察と同情と実感とをもって、中国は中国なり、というところまでを描き来った。中国は中国としてどうなろうとしているか、というのが今日の問題である。バックはやがてどのような程度まで進んだ理解でそこを描くであろうかと期待される。
 日本は中国とは同文同字の国といわれ、地理的にも近いのに、たった一人のバックのような作家が生れなかったということはなぜであろうかと私たちを考えさせる。アメリカにミッションがあるが日本にはそれがないというばかりではあるまい。日本の昔ながらの支那通、あるいは支那学者といわれた人々は支那の古典の世界にとじこもっていたし、一方きわめて近代化した中国と接触をもっている部分は文化人というよりは政治、実業その他関係の技術家が多く、その接触の調子は特殊なものであった。これらの事情は二つながら芸術作品を生ませるには遠いものである。
 理解とそして愛。この二つのものが私たち人間に人間を描いた芸術をつくらせるのである。

        「孤児マリイ」

 マルグリット・オオドゥウというフランスの婦人作家は、初めは仕立屋であった。モードを創ってブルワールに堂々たる店をもっているような服飾家ではない。ほんとのお針女、日給僅か三フラン(一円二十銭足らず)を得るために、ある時はブルジョアの家に出張したり、またある時は、自家の小さな部屋――ミシンのところへ行くのにはマネキン人形をずらさなければならないという、そんな小さな部屋で働いたりしている貧しい「女裁縫師」であった。
 一八六四
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