があります。インテリゲンチャには、とくにこのことが強く感じられるために、却って全体としての前進に躊躇する気分もあります。しかし、日本の歴史は、遅れているだけ二重にかさなった早い面があるのだから、わたしたちはそのことをよく理解しなければいけないと思います。
八
婦人がますます働く期間を長く必要としてきているという動かすことのできない経済的実情。これは、すべて明瞭だと思います。婦人が働くのは結婚までという使用者の考え方は、全く安い労働力の利用ということ以外にありません。働かす条件が悪くても、どうせまだ親がかりだなどといういいわけで、職場の設備の悪いことも、厚生施設のないことも、第二の問題のように扱います。
働く婦人自身が結婚までとピリオドをうつ気分には、働きそのものの発展性がないこと、独立的生計が営めないこと、めいめいが特殊の技術をもっていないことなどにからんで、ブルジョア婦人雑誌の封建的な現代では、エロティックな結婚病に対するまんせい的な刺戟の害毒があります。
こんにち、大多数の婦人は、結婚するにしろ経済的能力を失わないことが大切だと思っているし、そのためには職場と家庭生活を調和させてゆく社会施設の必要を痛感してきていると思います。N・H・Kでさえも主婦の労働と、職業上の労働とをどう調節するかということについて社会の窓で放送しました。
女性の人間的・社会的自覚がたかまれば、仕事のない男がないように、女の仕事が家庭の中だけでおわるとは考えなくなってくるのは当然です。アメリカではいま、家庭の主婦のあいだに、ハウス・ワイフということばをなくそうという希望がおこっています。主婦の仕事は、はっきりした社会労働の一つだという考えがたかまっているわけです。ハウス・ワイフのかわりに、何か社会的勤労にふさわしいよび名がないかといって、いろいろユーモラスな案もでていました。
現代のすべての婦人は、家庭と職業を両立させたいという根本の希望で目前の苦しみや不便に耐えながら闘っていると思います。そして、男の人たちの中にもその意味を理解して、できるかぎり「新しい夫」になろうとする頼もしい人もでています。時間のかかる問題であって、もしかするとこれは三代かかって具体的に解決されてゆくようなことかもしれません。
しかし、わたしたちは、失望しないで、おばあさん、おかあさん、自分、自分の子という生きた歴史の中に、ますます多くのパーセントで、生きよい社会の条件を拡大し確保してゆくという努力をつづけることが肝要です。若い方は、どなたも御存知です。服飾の上で自分の色彩を統一して、どれとくみあわせてもみっともなくないようになさいということを。美しくなろうと思えば、自分の体質と皮膚とをよく知って、自分によく合った化粧品をきめて、つづけてゆき、新聞にでる総ての化粧品の広告にまどわされることは不必要であることを。
人生の進歩的な建設に、わたしたちはこの常識をもって闘うべきです。歴史の中で次第によりよいものが勝利してゆくために、わたしたちの生涯の現実そのものでパーセンテージをたかめてゆくこと。これは、はなばなしくないし、英雄にみえないかもしれません。しかし、歴史は一分から、一時間から、一日からきずかれつつあります。[#地付き]〔一九四九年六・七月〕
底本:「宮本百合子全集 第十六巻」新日本出版社
1980(昭和55)年6月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十二巻」河出書房
1952(昭和27)年1月発行
初出:「むつび」三菱鉱業研究所職員組合機関誌
1949(昭和24)年6・7月合併号
※三菱鉱業研究所職員組合文化部からの次の質問に対する答え。
一、芸術と娯楽の境界。いわゆる大衆の求めるものが娯楽だとすれば、芸術家としてこれにいかに答えるべきか。
二、文学者としての立場から科学技術者、或はその人間性に対する忌憚ない注文。また科学技術者をテーマとする文芸作品に対する考えは?
三、共産主義的独裁社会形態における文化を正しい文化と考えるか。
四、アメリカ式民主主義文化が日本の現在の生活環境に調和し得ると思うか。
五、日本の地理的・歴史的環境のもとに当然調和される文化は?
六、科学的真理において階級的真理というものが存在するか。またその妥当性について。
七、婦人科学技術者が封建的社会機構のために進歩を阻まれている点について。
八、職業婦人が結婚までの一時的なものに考えられている点について。
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月14日作成
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