った。
「――どうせすぐまた降りなけりゃあならないから、もう下へ行っていたいわ」
「それでもいいわね」
七時四十分から、下の客間で集りがあることになっていたのだ。
集りは三十分ほどで済んだ。あけ放した観音開きの扉から、浮かない顔付の娘達がぞろぞろ出て来る。先へ出た伸子は、豊子を待った。豊子は、今年卒業する学生の一人と話しながら来た。
「さようなら、じゃあまた明日。大丈夫ですよあのテストは、相手によって難しいんですもの」
伸子は、豊子と並んで歩きながら云った。
「私不愉快になっちゃったわ、何だか」
豊子は、冷静な表情で伸子を見た。
「――誰も好きな人はいないわ」
「デリカシーだの何だのって云う癖に、ああいうことは平気なのね、厭だわ」
ミス・ハウドンは、学生達を集め、最近必要と思われた種々の注意を与えた。人目を牽くから門のところに何時までも立っていてはいけないとか、たとい大好きな人とでも cheek to cheek dance は踊らない方が見よいとか。一つあっちこっちで忍び笑いを起した注意があった。よく愛人に誘われて芝居や夜会に出かける人がある。十二時過て帰って来るのはよいが、広間まで相手に送りこまれても別れきれず、隅っこに立ってまたそれから永いこと囁いたり、何かしている。それはどうもいい癖とは云えない。
「それまでにたっぷり楽しんでいらっしゃるのですから、これからそれは誰でもやめて下さい。玄関にいるミスタ・ワーボーンにしたって多分余り嬉しくはないでしょうしね」
ワーボーンは、六時頃から玄関番を勤める、クレマンソーのような髭の、大きな爺さんであった。彼は、つい傍で、幾組もの若者たちが縺れ合っているのを擽《くすぐ》ったく感じながら、その堂々たる髭をぴくりともさせず、帰舎時間の記入された外出簿を眺めて坐っていなければならない。――寄宿舎らしい漫画的おかしさで、伸子も笑った。
「さて、もう一つ申すことがあるのですが――洗濯場で昨日シーツを一枚めちゃめちゃにして突込んであるのが見つかったのです」
ミス・ハウドンは、後を振向き、彼女の秘書のような役をしている学生の一人に何か合図をした。
「これなのです――誰か心覚えがありますか」
白いブラウズを着たその娘は、指図とともに腕一杯に敷布を一同の前に拡げ示した。敷布は、真中に大きい汚染があり、きつい火|熨斗《のし》を
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