だから、自身生かしきれぬ純な情感に苦しむとき、その無力と躊躇と昏迷した考えをてきぱきと解明して、後からつよく押し出すものよりは、音楽にしろ、映画にしろ、小説にしろ、あるままの生活の感情を認めて、一緒にたゆたって、ほのかになって、眠らしてくれるものの方が抵抗力の弱いものには楽です。そして、それ等の作品の土台となる社会の現実の多様な面から、そのような傾向性を強調し、とり出して来ようとする。
 楽な方向へクッションのある方へ方へと体をずりこますことで、一層日の光にも堪えぬものとなってゆくのです。
 私は賢しこい読者に多くを云わず、或る方々は全集の装幀が華やかだから購読なさるであろうバルザックの作品の中から、一つの文句をとり出そうと思います。バルザックはこういう意味を結論した。「民衆と女とは、吾々の平和のために圧えておかなければならぬものだ。そのために女に美衣を惜しんではならず、民衆には宗教を与える必要がある」と。[#地付き]〔一九三四年十二月〕



底本:「宮本百合子全集 第十四巻」新日本出版社
   1979(昭和54)年7月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第九巻」河出書房
   1952(昭和27)年8月発行
初出:「婦人画報」
   1934(昭和9)年12月号
※「東京朝日新聞」1934年10月23日号に、「純情美談」と題して掲載された二つの事件に対する見解。「婦人画報」編集部の求めによる。
一つは、許嫁の死後、遺体に晴れ着を着せて結婚式を挙げた「事件」。「夫」は、博士論文提出中の、医大助手であった。
もう一件は、肺病で逝った恋仲の従弟を、初七日に追った、少女の自殺事件。事業に失敗していた父は、同居する無名画家の従弟の部屋に、娘が入ることを許さなかった。
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年6月26日作成
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