理解している。そういうことも簡明であると同時にしなやかなその文章のうちにふれられていた。
 わたしは、その文章をごくあっさりとあわただしい僅のときのひまに読んだだけであった。けれども、不思議に、そこにたたえられていた若い精神の誠実さに感銘がのこった。三九年十二月に国際連盟はソヴェト同盟を除名し、ナチス軍はノルウェー、デンマーク、オランダ、ベルギーを侵略した。そして独ソ間の不可侵条約をあざ嗤《わら》って、ナチスの大軍がウクライナへとなだれこんだころ、わたしは、しばしばかつてよんだフランス女学生の言葉を思いおこした。不幸にも、ふたたびヨーロッパが戦場と化すようなことになるにしても、わたしたちの唯一つの考えかたは変らない。それは戦争は根絶されるべきものであり、世界は平和をもたなければならない、というあの言葉を。
 なぜなら、そのころ(一九四一年)パリにはナチスの旗がひるがえっていた。そして日本では新しく国防保安法が成立し、治安維持法が改正されて死刑法となり、アメリカとの戦争を計画していた東條内閣の下では、文学も軍協力以外には存在を許さない状態になっていたからだった。そのような状態におかれてい
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