い出して下さい。僕は真個《ほんと》に出来る丈の事をして、助けて上げたいと思います。けれども、まだ仕事は出来ないので、此頃夕方から三時間程ずつ夕刊を売っては、溜ったお金を寄附しているのです。非常に少しです、全く! けれども、其は私の出来る丈の事をして出来た事なのですから、恥しいとは思いません。どうぞ、少しでも、皆さんが、此は自分の出来る丈だとお思いに成る丈でよろしいから、僕達の仕事、私共、国中の者の仕事を助けて下さい」
少年は、手に持っていた印刷物に鉛筆を持ち添えながら、皆の顔を見廻しました。その、横罫の厚い紙の面には、きっと寄附金の受取りに必要な、金額や会の主だった人の名や目的が刷って有るのでしょう。
「君は、なかなか立派に話しますね、大きく成ったら議員に成る積りですか、どれ」
集っていた人の中で、丁度其少年のお祖父さん位の年頃の紳士が、ポケットに手を入れて幾何《いくら》かのお金を少年に渡しました。
私には、今日でもまだ其の少年の其那に高くはない、然し立派に明瞭な声や熱心な面差しを思い出す事が出来ます。何故その少年は其那にも私の心を動したのでしょう、私は、彼の一生懸命さと真面目さだと思います。私は決して、皆さんが停車場の広場で、白耳義《ベルギー》の孤児を助けて遣りましょう、と賑やかに上手に喋って下すっても満足しませんでしょう。只、その子が仕たように、と云って、夕刊を売って下さっても、私は悦びませんでしょう。私には、其少年が、総ての事を――白耳義《ベルギー》の孤児に何か仕て上げようと思い付いたのも、その為に会に入り、夕刊を売るのも、皆自分がよい事だと思い、自分が自分の心で為るべき事だと思って仕たと云う事が尊く感じられるのです、その少年は、決して人に賞められ度くて其那事をするのではないでしょう、利口だと思われ度くて話すのでもありません。其の時、丁度左様云う仕事に出会ったから、彼は自分の「為べき事の一つ」として白耳義《ベルギー》の孤児を助ける事業を手伝っていたのでしょう、其等の事は、真個に為すべき事の一つで私共の毎日のうちには、此外沢山に沢山に自分の心から為べき仕事があるのでありますまいか、私は、自分が此は為べき事だと知り、決心し、方法が分ったら、落付いて、人がいてもいないでも、同じような真面目さで自分の遣るべき事を遣って行く人を尊びます。
[#地付き]〔一九二〇年十一月〕
底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
初出:「少年倶楽部」
1920(大正9)年11月号
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月15日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全2ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング