道、全市の電燈、瓦斯、水道が止ったと云う丈でも一大事である。真暗な東京を考えるだけで、ふだんの東京を知っているものは心は怯える。
人々は、口々に、「此方に来ていてよかった。運がよかった。まあ落付くまでいるがよい」と云われる。女のひとなどは、おろおろして、私の手を執る。けれども、私はまるであべこべの心持がした。それだけの恐ろしい目に会わなかったことを実に仕合わせに有難くは思うが、万事が落付くまで、生れた東京の苦しみを余処《よそ》にのんべんだらりとしてはいたくない。大丈夫だろうとは思いながらも、親同胞、友達のことを案じ、一刻も早く様子を見たい心持が、まるで通じないのが歯痒く、やや不快にさえ感じた。
然し東海道線は不通になっている。その混乱の裡に、用意なしには戻れない。入京は非常に困難らしいが、幸いなことに、私共は四日の午後に、何がなくとも、福井を出発する準備をしていた。米原から東京駅までの寝台券も取ってあった。それを信越線迂回に代えて貰うことは出来よう。私共は、翌三日にそれ等の準備をし、予定通り四日に東京に向うことに定めた。出発までは、出来るだけ落付いて、自分等の務めを続けると云う約束
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