気でやるほど女まで大胆になり、死を恐れない有様が、惨澹たる気持を与えた。一つとして、疲労で蒼ざめ形のくずれていない顔はないのに、気が立っている故か、自暴自棄の故か、此方の列車とすれ違うと、彼等は、声を揃えてわーっと熾んな鯨波《とき》をあげる。気の毒で、此方から応える声は一つもしなかった。
けれども、家の安否を気遣う人々は、東京から来た列車が近くに止ると、声の届くかぎり、先の模様を聞こうとする。
「貴方は何方からおいでです?」
「神田。」
「九段のところは皆やけましたか?」
「ああ駄目駄目! やけないところなし。」
又は、
「浅草は何処も遺りませんか?」
避難者の男は、黙って頭で、遺らないと云う意味を頷く。
「上野は?」
今度は、低い、震える声で、
「山下からステーションは駄目。」
猶、詳細を訊こうとすると、
「皆、焼けちまったよ。お前、ひどいのひどくないのって。――」
五十を越した労働者風のその男は、俄に顎を顫わせ、遠目にも涙のわかる顔を、窓から引こめてしまう。
浦和、蕨あたりからは、一旦逃げのびた罹災者が、焼跡始末に出て来る為、一日以来の東京の惨状は、口伝えに広まった。
前へ
次へ
全19ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング