よれば津波で洗われ、村落の影さえ認め得ない程になっているらしいのだ。けれども、是も、理性に訴えて考えて見た結果として感じる心配以上、鋭く心に迫るものがない。私はこれで、二人は命に別条なかろうと云う確信に近いものを持ち得た。私と彼等二人との心の繋りは深くおろそかなものではない。万一彼等の生命に何事かあったのなら、昨夜、あんなのびやかな眠りは決して得なかったに違いない。
ほんの瞬をする間に此等のことを考え、安心すべき明かな理由のある他の家族のことを思い、少し、心が冷静になった。それにつれて、号外の全部に対し、半信半疑な心持になった。全市の交通、通信機関が途絶してしまった以上、内部の正確な報知を、容易に得られない訳だ。〔四字伏字〕行方不明〔四字伏字〕、〔六字伏字〕と云う諸項が、特に疑いを生じさせた。丁度政界が動揺していた最中なので、余程誇大されているのではあるまいかとは、誰でも思うことだ。私は、
「少し大袈裟ではないこと? 何だか、何処まで本当にして好いかわからないようだけれども」
と云った。それは皆同意見であった。少し号外の調子がセンセーショナルすぎることを感じたのであった。然し、どっち道、全市の電燈、瓦斯、水道が止ったと云う丈でも一大事である。真暗な東京を考えるだけで、ふだんの東京を知っているものは心は怯える。
人々は、口々に、「此方に来ていてよかった。運がよかった。まあ落付くまでいるがよい」と云われる。女のひとなどは、おろおろして、私の手を執る。けれども、私はまるであべこべの心持がした。それだけの恐ろしい目に会わなかったことを実に仕合わせに有難くは思うが、万事が落付くまで、生れた東京の苦しみを余処《よそ》にのんべんだらりとしてはいたくない。大丈夫だろうとは思いながらも、親同胞、友達のことを案じ、一刻も早く様子を見たい心持が、まるで通じないのが歯痒く、やや不快にさえ感じた。
然し東海道線は不通になっている。その混乱の裡に、用意なしには戻れない。入京は非常に困難らしいが、幸いなことに、私共は四日の午後に、何がなくとも、福井を出発する準備をしていた。米原から東京駅までの寝台券も取ってあった。それを信越線迂回に代えて貰うことは出来よう。私共は、翌三日にそれ等の準備をし、予定通り四日に東京に向うことに定めた。出発までは、出来るだけ落付いて、自分等の務めを続けると云う約束
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