に」という意味のことをいっているのは以上の消息を語るものであると思う。
 また、なぜ彼が小説をかくようになったかという問いに対してこう答えている。
「困難な生活は多くの印象を私に与えた。私はそれを語らずにはいられなかったのだ」と。
 彼は自分のところへ作家志願の希望をのべて寄越した二つの手紙をわれわれに比べてみせ、それを批判している。一人の労働者はこういう意味をかいた。
「ああ、実に私の生活はくさくさします、せめて小説でも書かねばいられません、私は作家になりたいのです」
 ところで、もう一人の労働者からの手紙は以下のようなものであった。
「親愛なゴーリキイ、私は自分の過去において経験したさまざまの闘争、その間に得た印象について小説をかきたいという心持ちを制することが出来ません」
 ゴーリキイがこの二つの作家志望の動機のどちらを、健康なものとみとめているかということは、説明を要しないであろう。文学は現実からの逃避ではないのである。ゴーリキイはこういった。
「文学は神々さえも創造したところの人類への奉仕である」そして作家として「一番大切なことは錯雑した歴史の事件の中に自分自らを見出し、そして全人類的なもの、善なるものを創造しつつある意志に自分の意志を結合させ、人生の意義をその中に含むこの偉大な創造に障害を与えている意志に対立することである」と。[#地付き]〔一九三六年八月〕



底本:「宮本百合子全集 第十巻」新日本出版社
   1980(昭和55)年12月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第八巻」河出書房
   1952(昭和27)年10月発行
初出:「文学案内」
   1936(昭和11)年8月号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年1月16日作成
青空文庫作成ファイル:
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