、綴じて大切に眺めたりした覚がある。
小学校六年の夏休みのことであった。母が嫁入りの時持って来てふだんは使われない紫檀の小机がある。それを親たちの寝所になっていた六畳の張出し窓のところへ据えて、頻りに私が毛筆で書き出したのは、一篇の長篇小説であった。題はついていたのか、いなかったのか、なかみを書く紙は大人の知らない間にどこからか見つけ出して来て白い妙にツルツルした西洋紙を四六判截ぐらいに切ったものを厚く桃色リボンで綴じ、表紙の木炭紙にはケシの花か何かを自分で描いた。ペンにインクをつけて書くことは私の時代の小学生は知らなかった。女学校に入ってからそれは覚えたので、私はその時大いに意気込んだ心持を毛筆に托して、下書もせず、下書をするなどということさえ知らず、その小説を書き出したのであった。
或る午後、私が蝉の声をききながら、子供らしくボーとなったり、俄にませた感情につき動かされたりしながらその小説を書いているところへ、何かの都合で母が来た。そして、書いているものを見つけ、
「それ、百合ちゃん、お前が書いたの?」
というからそうだと答えたら、母は、
「まあ、何だろ!」
と、一種の表情で云
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