ろう。それらを眺め、感動している自分の心のニュアンスの相違が、新しいおどろきでその晩は朝子をうった。こういう精気溢るる情景にふれる時、この三年の間朝子が胸を顫《ふる》わしながら思って来た第一のことは、ああこれをこのままみんなに見せてやりたい、そういう激しい願望であった。このよろこびをうつしたい、伝えたい、そしたらどんなによろこぶだろう。そういう強い願望であった。みんなというのはもちろん朝子の生れた土地のみんな、こういうよろこびをよろこびたいと思っている正直なみんなのことで、例えば今劇場の円天井をとび交う歌声をきいても、朝子の深い感激にはまぎれもなく、自分のほかの幾千幾万のここにい合わせない人々の心のよろこびたい熱望が引き剥せない訴えの裏づけとなって感情に迫って来ているのであった。こういう感動の刹那、朝子はいつも自分の素肌の胸へわが生とともに歴史の明暗をかき抱くような激しい情緒を経験するのであった。
おお
われら 若い者
われら 若い者
バルコニーではまだ歌っていて、しかも初めよりはだんだんうまく歌っている。
朝子は凝っと聴いていて、やがて颯《さ》っと顔を赤らめいきなり涙
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