木造の家があって、寂しい板囲いの塀がそれにつづいている。板囲いの木戸を入ると、楡の大木の生えた内庭があって、オリガの住んでいる二階へあがる木の段々が、いきなりその内庭へ向って開いているのであった。階下に住んでいる家具職人の窓から洩れて来るぼんやりした光をたよりに一段一段のぼって行って、ドアをあけ、天井の低くかぶさった小部屋の灯の下に白いブラウス姿でいる血色のいいオリガの顔を見たら、朝子は思わず、
「ああ来てよかった!」
そう云って、オリガの堅い力のある手を握った。
「今更みたいに!」
オリガは笑いながら、テーブルのむこうの素子を顧みた。
「私のところは、いつ来ても、来てよかったところじゃありませんか、ねえ、モトコさん」
素子は何とも云わず煙草をくゆらせ、しかし朝子が現れたときの最初の一瞥でやはりその心の中まで調べずにはいられないような視線を走らせたのであった。朝子は、オリガとあれこれ世間話をした。オリガは勤人で、その小部屋には寝台と一つの本棚と箪笥とその上に飾られた何枚かの写真とが、僅かの家具類と共にあるだけであった。そんな生活の道具だてのなかに一種の居心地よさがこもっていて、さ
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