の身分で申しますと、領主というものが絶対の権力をもっていた。日本では殿様がうんと権力をもっていた。その次にはその土地における地頭とか名主とかいうものが権力をもっております。お百姓さん達はそれに絶対に服従していたのです。そして女の人の封建時代の立場と申しますものはどういうものかといえば、それは全く男の人の言うなりであった。いうなりと申します以上に、男の人の便宜のための生物であったのです。だから結婚などと申しましても、何も女の幸福ということが眼目ではございませんで、昔からたくさんあるいろいろなお話をお読みになってもわかる通りに、戦国時代の女の人と申しますのは、父や兄という人達が戦略上自分が一番喧嘩しそうな敵へ人質として自分の妹や娘をくれるのであります。そして一時講和条約の人質にしたわけです。そういうようにして結婚させられました女の人がどんな生涯を送ったかと申しますれば、幸にしてそこで無事に子供をもって一生終ればよかったけれども、なかには自分の実家の兄弟と夫の家族とがまた再び戦さを起した時には、その女の人達は自分の家族の血統のものだから、生んだ子を捨てて実家の方に引取られる。或はまたそれに満足しなかった女の人は、自分の親兄弟の兵に攻め立てられて城のなかで自害して死んだという例がたくさんございましたし、また人間らしい気持で私共ひどく感動させられる話もなかにはある。それはやはり戦国時代の話で、私共その名は忘れたのですけれども、ある大名の娘が大へん美しい人で、やはり人質のように結婚させられて娘が三人ございました。ところが自分の親達と夫とが戦さを始めて、いよいよ夫の城に火をかけられることになった。そして明晩城に火をかけるからお前達は逃げてこいという密使がきたわけですが、その時に女の人は何と申しましたかといえば、私はもう女として生きることはこりこりだ、自分は今までに二度結婚させられている。初めはやはり人質としてよそへ片づけられたが、その人からもぎ離されてこの人と結婚した。自分はその人を愛しているし、その人も自分を愛している。それに子供も三人いる。自分がもしここで兄や父親の手許に引取られたならば、自分は不幸にして容貌がうるわしいから、三度も四度も都合のよい贈物のようにしていつもいつも敵にまわる人の手にばかり渡されるだろうし、自分は自分の愛情のためにもそういう目にあうことは結構だ。また自分の娘達の生涯というものも考えてみれば、あまり可哀想だ。娘達も美しい可愛い娘達だから、大きくなれば自分と同じような人生を送るだろう。自分はそれを防いでやる力はない。だから自分と娘達は自分達の愛情をもっているところで死にます、といって何度も何度も迎えが参りましてもそれを断って、とうとうその三人の娘を刺殺し自分も自害したという話があります。これは名前を申上げたら皆さんよくおわかりになるだろうと思いますけれども、私はずいぶん古く読んだので今思い出せないのですが、そういう女の人の不幸の生活があります。そういう人達はたくさんの召使の女の人にかしずかれて手取り足取りされて、自分の帯を結ぶことも髪をゆう必要もない生活をいたしましたけれども、人間らしさはそのように無視されてきたわけです。
ところが明治の日本になりましてから、いろいろの点で生活がかわって参りました。たとえば法律というものができました。昔の封建時代は殿様が絶対的の権力をもっておりましたから、自分の臣下に対して生殺与奪の権があった。生かそうと殺そうと殿様のお気儘という状態なのです。ですからちょっと気に入らなければ、お小姓が茶碗を割ったといって首を斬られますし、お菊みたいにお皿が割れたといってお化けになるほどいじめて殺されるほどの目にもあわなければならなかったけれども、明治の世にいくらか近代の国家になりましてから、とにかく法律というものができました。民法とか刑法とか商業に関する法律とかいろいろの法律がたくさん出ました。そして法律によって治められる国ということになりました。ところが明治時代から今日までにできた日本の憲法、民法、刑法その他のものを見ました時に、先程もいろいろの方がお話になっておりました通り、それは法律の恰好はしていても非常に変てこなのです。たとえば繰返し繰返しいわれているように、女の人が一人前になって結婚すれば一家の主婦ですから、今までの娘さんよりもっと責任がある筈なのですけれども、とたんに無能力になってしまう。つまりとたんに一人前でなくなってしまう。現実の生活と正反対なのです。そして分別のある立派な人が分別のないものとして財産を処理することも借金することも何にもできなくなってしまいます。それはたいへん不思議なものです。民法という大へん進歩的なようなものがあって、人民はどれだけの権利がある、どれだけのことを
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