昨今の話題を
宮本百合子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)暈《かさ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)社会的|羈絆《きはん》から
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)柳原※[#「火+華」、第3水準1−87−62]子
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大阪の実業家で、もう十四五年も妻と別居し別の家庭を営んでいる増田というひとの娘富美子が大金をもって家出をして、西条エリとあっちこっち贅沢な旅行をした後、万平ホテルで富美子が睡眠薬で自殺しかけた事は、男装の麗人という見出しで各新聞に連日報道された。
父親が写真をうつされ、大阪から上京した母や姉が金のかかった衣類の重い裾さばきをニュース写真にとられた。西条エリは、白眼のきわだった目のまわりに暗い暈《かさ》のかかったような、素肌に袷を着たような姿を撮され、私はその写真からもこの若い女優が今度の事に関りあったことに対しまだきまらない世間の人気や批判を人知れず気にしているらしい窶《やつ》れを感じ、哀れに思ったのであった。
母親であるひとの言葉によれば、富美子は生理的に不幸な欠陥をもった婦人であり、自殺の動機もそのことと、相場に大失敗したこととに在るように公表された。もし一人の女が、金にこそ不自由ないが、そのような生理的欠陥を体にもって二十八歳まで生きて来たのが事実とすれば、少くとも過去十数年、富美子というひとはどのように苦しい心持を経験したことであったろうか。物心ついて、自身の肉体の普通でない欠陥に気づいた時、何とかして母親に相談するなり、相場をやる位の向う意気があるならば自身医者に相談するかしなかったのかと、私は同情とともに歯痒さを感じるのである。娘がそういう内奥の問題について、しんみの母親を頼るような心持になれないような家庭内の雰囲気であったのでもあろう。女学校の今日の教育は、女が平凡な肉体と平凡な日常生活の軌道をもって過してゆくためには最少限の役に立っているであろうが、一旦現実が紛糾して、例えば一人の女の体に新聞記事に仄めかされているような生理的欠陥が現れたような場合、その不幸に対して先ず医学的処置を試みるという全く初歩的な実際的な判断さえ娘の心に養い得ていないのである。
ロマン・ローランは嘗て、人間の幸、不幸の差というものの多くは社会的条件の変化によって無くすることの出来るものであるが、最も後までのこる差別は恐らく健康人と病人との間に在る差別であろうという感想を小説の中で述べていた。それを読んだ時余程以前のことであったが、私はこれは真実にふれた言葉であると思い、様々の感想をひき起された。トルストイが、一遍も病気をした事がないなどというような奴に人間の不幸がわかるものかと、腹を立てたように云っている言葉をも思い出したのであった。けれどもその時私の心に生れた様々な感想に混って一つの疑問があった。それは、ロマン・ローランはこの社会に最後までのこって或る人間の幸、不幸をわかつ原因となるものとして健康人と病人との差をあげているが、この人間生活の不幸の一見最後的な差別の根源にしろ、矢張り終窮は人生の多数者の生活条件いかんにかかっていてよっぽどの程度まで絶滅され得るものである。ロマン・ローランが我々の人間の精神上の幸、不幸の原因についてこの点にまで切りこんで行ったことはさすがに敬服に価する態度であるが、我々に負わされている肉体の健康、不健康の問題をもう一歩進んで動的なものと理解せず、どちらかと云えば個人的に宿命的な色彩で観察したところに、この卓抜な作家の及んで到らざるところがある。そう私は考えたのであった。
長い時間立ったままで働く女、又は椅子にかけたなりで一日中執務しているような女の体には子宮後屈が多く、不姙その他の不幸を女と男との一生にもたらすことは周知の事実である。ソヴェトでは働く婦人の健康の特にこの点を注意して、新しく制定された工場の規定では、これまで一時間あった昼休みの外に午前と午後、或る時間内(約五分か十分と覚えている)機械を休止させ、就業中窓をしめているところでは窓をあけ、皆そろって深呼吸と簡単な全身の体操をすることになった。これは、今日殆どすべての経営内で実行されている。
斯様な条件での従業で、婦人は明らかに以前より健康を保つ多くの可能性をもつのであるから、従って、生れて来ようとする子供らの胎内での条件もより発育のために有利に変って来ているわけである。生れるという主格の受動性を示す文法上での表現は、とりも直さず我々人間が歴代、子として親を選択することも出来ず、誕生の環境を予測することも出来ず、実に受け身に生まれたのであるという深刻な現実におけ
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