来年はどんな年でしょう。みんなの心にこの声があるだろうと思われます。そして、誰しも先ず体だけは丈夫にしておかなければ、と思うことも同じだろうと思います。文明のごく低かった社会でも、体がもとの暮しが営まれたわけだが、社会の文明の複雑さが或る点に達すると又その体がたよりという事情が全くちがった環境のなかに甦って来ることも、考えさせる点です。
 生きているということが人間にとっては只棲息しているという意味ではなく、歴史を自覚して生活してゆくということであってみれば、私たちが体だけは丈夫にと思う心の中に自然、精神も丈夫に、という思いもこもっている次第でしょう。
 日本が世界歴史のこの多岐な頁をしのいでゆく永年に亙っての実力のために、日本人はこれまでの誇りとして自認している勇気を更に多様な沈着な粘りつよく周密なものとしての面に発揮してゆかなければならないでしょうし、社会事情の複雑さについて却って、その囲いのなかで一般の精神が鋭意を喪い、単純化されてゆく方向におかれるなどということは、常識からも拒けられていることでしょう。
 ほんとうに、この一年はどんな年でしょう。時局は人間成長の枠であるということも沁々思われます。歳々を是好年に充実してゆこうとする人間らしい意欲についても、新しい挨拶をおくりたい心持です。
[#地付き]〔一九四〇年一月〕



底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
   1981(昭和56)年3月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
初出:「輝ク」
   1940(昭和15)年1月17日号
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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