ryman”の主人公の心持は、可成《かなり》作者自身の生活に対する頷きを現わしているものではないだろうか。
彼はちっとも人間を拵えない。英雄的な性格でもなければ、さりとて傑人的な性格でもない、極くありふれた英国の相当に教養を授けられた人々の間に起る事を、平静な、息をはずませない筆で描いて行くのである。
皆が相当によい心を持っている。が、誰も非常な熱意に燃えて革命を起す人々ではない。我々の胸の中に納まっている種々な希望や意向などの囁きに耳を傾けながら、或る程度まで其等の実行出来難い今日をありのまま受取って穏かな日常生活を続ける一群が、彼の友達らしく見えるのである。
彼のものを読むと、なにしろすっきりしていると思わずにはいられない。手入れの行届いたモーニングを着て、細身のケーンを持ちながら、日影のちらつく歩道の樹蔭を静かに行くのが彼の作品の後姿である。
去年の夏頃米国に来遊して間もなく“Saint's Progress”と云う四百頁余の長篇が出版されて六月から八月までに四版を重ねた。
その他に今解っている作品集は
“The Man of Property.”
“The Country House.”
“Fraternity.”
“The Dark Flower.”
“Five Tales.”
“Villa Rubien, and Other Stories.”
“The Island Pharisees.”
“The Patrician.”
“Beyond.”
“The Little Man, and Other Stories.”
“The Inn of Tranquility.”
“Memories.”
此等の他に三冊の脚本集がある。脚本としては
“The Silver Box.”
“The Eldest Son.”
“The Little Dream.”
“The Mob.”
“A Bit O'Love.”
そのほか五六の作があるが、私があちらにいたうちに、彼の作品が上場されたと云うことは聞かなかった。
脚本の事で思い出すが、つい先頃|紐育《ニューヨーク》で上場して非常な称讚を受けた Maeterlinck の“The Betrothal”が Alexander Teixeira de Mattos. と云う人の英訳で出版された。
あれは素晴らしいものであった。真個に又もう一度見たいものの一つである。插画も何もなしで、彼程夢幻的な美が具体的に感じられるかどうかは疑問だけれども、よい本だと思う。丁度今、紐育のメトロポリタン オペラ ハウスで「青い鳥」を上演しているので、余計に心を引かれる。さぞよいだろう。
つい間近に成った民衆座の同じものが、かなりよく出来たというのは悦しい。
Romain Rolland の近作“Colas Breugnon”が出版された。
此は、戦争中に書かれたものだそうだが、上梓されたのはつい近頃の事である。まだ読まないので解らないが、彼の傑作である「ジャン・クリストフ」完成後、反動的な mood の要求によりて此の、明快な、希望と生活力に満ちた大工と指物を業とする五十男の物語りが書かれたのだと云っている。
主人公は、作者の故郷である Burgundy の村民で、生粋の職人である。
自然のあらゆる美を愛し、酒を愛し仕事をしんから悦ぶ彼は、自分の哲学を持って生の隅から隅までを愛する男である。彼は失望や倦怠と云う事を知らない。どんな苦痛や困難に打ち叩かれても、決して参ったとは云えなく生れついている。
“How many glorious things there are on this round ball, things which smile at you, And taste sweet. Life is good, by the Lord.”
そして村に流行した疫病で、妻には死なれ、愛する孫娘は瀕死に陥っても尚彼は、その熾《さかん》な目覚ましい生活力のままに生を肯定し希望を鼓舞して行くのである。[#地付き]〔一九二〇年二月〕
底本:「宮本百合子全集 第十巻」新日本出版社
1980(昭和55)年12月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
初出:「時事新報」
1920(大正9)年2月17〜19号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年1月16日作成
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