によろこんだ事だろう。
 それから、妙なわけになって居るが段々その力つよさと男気の有るのが消え始めた。それでも私は、自分のたよりにするものが出来た気の張りのゆるんだため、あの心地好いツンツンした素振も、ハキハキした口のききかたも忘れてしまったものだろうと少しは喜びも交って心の中に育って居た。それから後も、その人が変ったようになってからも度々あったが別にそれほどいやな、毛虫にさわるような心持にはならなかった。それが今日、今、たった今、あの女のかおを見ると、あのだらけた皮膚の色と、いくじなさそうな様子とが毛虫よりいやに思われて来た、そうし敵でも見るように、そのかおの筋肉の一寸した動揺でも見のがしてなるものかと云うようにそのかおを見つめて居た、心の中では又ささやいて居る。
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いくら私をどう思ってたからと云ってああまで馬鹿にうすのろになるはずはない、却って自分がどうか思ってりゃあ、よけいに気位の高いつんとした様子をして居るものだ、それがあの女は一年も半年も立たないうちに馬鹿になりうすのろになってしまった。かざって居たのだ、
だまして居たのだ、こっちがはかられたのだ!
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 はげしい馬鹿馬鹿しさの心と、不平の心が心の中をはしりまわって居る、いっその事ここにかくれて居て彼の女の様子を見て居ても見ようか。私はいつまで立っても来ない、あきてさぞあくびをする事だろう、いよいよ私の来ないと知った時はきっとのそのそと足をはこんで外の男のところへ遊に行くにきまって居るんだ。こんなかわいそうなむほんぎは心の片すみに起った、そして私はその時の女のこまったらしい顔や、口の中で云うブツブツ口こごとを思って思わず高声に心の底をゆすり出したように笑った。その声におどろいて女はくるりと向いて、今更らしくつくろうた声で、
「マア、一寸も私しゃ知らなかった、いついらっしゃったんです?」
「たった今、きたばかりで何故だか私は吹き出してしまった」
 私は長い間立ちどまっていろいろな事を思った様子ははりでついたほども見せなかった、私は見せても見えないような彼の女だからだ。
「よっぽどまったんかい」
「ナニ、ほんの一寸、だけど、またれる身よりも待つ身の何とかってね……」
 女は洋傘の甲斐絹のきれをよこに人指し指と、中指でシュシュとしごきながらふるいしれきったつまらないこと
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