います。長良の橋の人柱といえば伝説に名高く、文学にも有名です。ただ一人の人が難工事の長良川の橋工事の人柱となってさえ、その事業に従う人々の真剣さがちがってきて、橋は完成されました。日本の人民が殆ど一戸一戸から一人二人の人柱を出した日本の民主化の途がちょっとたりとも貴重でないとはいえません。私達の足は私達の愛する者の屍の上に立っています。この貴い歴史のあゆみをいいかげんな代議士共の口先でごまかされることはまっぴらです。

          二

 日本の民主化がいわれてから一年半ほどたちます。婦人が選挙に参加してから一年がたちます。しかし婦人の生活に重くのしかかっている封建性はなかなかとりのぞかれないといわれています。封建性とは何でしょう。
 毎朝日本の総ての婦人はどんな燃料で、どれだけの時間をかけて、どんな代用食を作っているでしょうか。私達の使っている燃料とその燃料が使えるようなかまど、いもや粉の代用食、これ等総ては近代的でしょうか。私達のおばあさん、ひいおばあさん達がまぶたをただらせてくすぶらせたその台所の生活が一九四七年の日本の首府東京の家々の台所となっています。婦人の封建性といわれる問題は決して抽象的な問題とはいわれません。この台所一つがたとえ民法がどう改正されようとも婦人を解放することのできない現実の封建性となって全日本の婦人の生活にかかっています。婦人代議士がいうように耐乏生活でこの歴史の逆転はくつがえせません。燃料がたっぷりあるように、ガスと電気が使えるように、食糧事情がよくなるように、社会のしくみが動かされなければ、現実の婦人の封建性の条件がなくなりません。民法が戸主の権利を縮小したからといって住宅難で若夫婦が父兄の家の一隅を借りていなければならないとき、資本主義社会で育ってきた人々の心持の中は、金銭問題や、義理がからんで、実際の封建的な家長の気分はのけられません。住宅問題は、政府の空手形の標本です。
 日本の民主化と婦人の社会的地位の向上、封建的な重さからの解放は現実生活の一つ一つを実際に解決してゆける基本的方針をもった民主的政権がたてられなければ実現しません。このことは日本人民が自分達の一生の運命を左右する問題として本気で考えるべきです。政党のすききらいの場合ではなくなってきています。生きるために、いかす力をもった政党を支持しなければならず、日本を民主化するためには本当に民主的な方針をもった政党を支持しなければなりません。病気で死にたくないならばヤブ医者を頼みません。共産党がきらいな人はたくさんあるでしょう。けれども死ぬか生きるかの場合たのみになるのは腕のたしかな医者です。
 母は子供の命を救うためにあらゆる努力をします。時には医者のおよばない工夫をこらします。婦人が政治的にひくいということは、ただ婦人が社会のくみたてに対し十分自分の知っていること、おもうことを反映させていってよいものだということを知らないだけのことです。今日の婦人代議士の大多数よりも街の主婦達に、工場の若い勤労婦人に、より実際的な日本の民主化の精神がつかまれているのだという自信がその人々にもたれていないだけのことです。
 一年の経験は私達に少しはものをいうことをおぼえさせました。地方選挙からひきつづく選挙を通して、日本の婦人の代表は、第一回の婦人代議士と全くちがった勤労人民層から、民主的政党からだされなければなりません。[#地付き]〔一九四七年三月〕



底本:「宮本百合子全集 第十五巻」新日本出版社
   1980(昭和55)年5月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十二巻」河出書房
   1952(昭和27)年1月発行
初出:「アカハタ」
   1947(昭和22)年3月18、21日号
入力:柴田卓治
校正:米田進
2003年6月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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